岩倉市の「自治基本条例」を廃止せよ!!
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中山先生が文部大臣だったときのことです。元鎌倉市議の伊藤玲子先生は、代々の文部大臣に「日教組教育をなんとかして阻止しないと日本が壊れてしまう。なんとか対策してほしい」と訴え続けていたのですが、当時は自民党政権の時代であったけれど、代々の文部大臣は、まったく動かない。「地元で日教組からも票をもらっているから、なかなかそういうわけにはいかないんだよねえ」、そうはっきりおっしゃられた文部大臣もいたそうです。 その伊藤玲子先生が、中山成彬先生が文部大臣になられたときに、それまでと同じように文部大臣を訪れ、日教組をなんとかしてほしいと訴えました。今度の大臣もだめだろう。。。そう思いながら、帰宅した伊藤玲子先生に、その翌々日、中山成彬大臣から電話がはいりました。「おっしゃるご趣旨について、私なりに調べてみましたが、これはたいへんなことです。もっと詳しくお話を伺いたいのですが」 伊藤玲子先生が、日教組問題に取組み、文部大臣に陳情をはじめてから、それがちょうど10年目の出来事だったそうです。そしてそこからがものすごい展開になりました。 中山先生は、現場主義の方です。なにかあると、すぐにその現場に飛んでいく。この日教組問題のときもそうでした。なんと現職の文部大臣が、400校をご自身の足でまわられ、事情の聴取をされたのです。そしてその結果、政府が総力をあげて、戦後初の教育基本法の改正に着手することになりました。このとき、中山成彬先生の下で一緒に働いてくれたのが、いま文部科学大臣となっている下村博文先生です。 ひとくちに教育基本法の改正といいますが、刑法、民法の改正と同様、特に我が国の基幹をなす労働法や教育法などの改正というのは、議論続出、喧々諤々(けんけんがくがく・さまざまな人が、口々にいろいろな意見を述べて、騒がしいさま。) となって、改正案はいくらでもでるけれど、これを実際に改正するというのは、実に困難でむつかしいことです。刑法など、戦後ずっと改正議論が続いていて、六法全書には改正草案まで載っているくらいだけれど、いまだに改正されません。それくらいむつかしいことなのです。それを、中山成彬先生は、文部大臣就任中にやってしまったのです。 その実現にあたり、中山成彬先生が、もともと文部省の予算を決めていた大蔵省のご出身であられたこと、現場100回どころか、400回も現場を訪れたという実績が、誰よりも説得力を持っていたことなども、もちろん大きな要素であったろうと思います。 けれどそれ以上に大切なことは、中山成彬先生の、相手を包み込むようなおだやかな姿勢や、ことをすすめるときの真面目さ、真摯さ、謙虚さ、相手としっかりと信頼関係を築き上げながら物事を前にすすめるという、きわめて日本的なお人柄です。 民主党政権時代、「脱官僚」とかという言葉がさかんにもてはやされましたが、日本の官僚はとても優秀です。そして巨大な組織です。そして中にはそうでない人もいるようですが、その多くは日本人です。「士は己を知る者のために死す」といいますが、官僚たちがもつ優秀さや組織力、日本人としてのやさしさや真面目さがいかんなく発揮されるのは、まさに中山先生のような「ちゃんとわかってくれる」リーダーとしての大臣がトップになったときなのです。 中山成彬先生は、そうしたものに対して、日本の国益と日本人の生活を守るために、国土交通大臣として、まっこうから戦いを挑もうとされたわけです。
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