材大なれば用を為し難し

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一しょに居ると (コメント数:1)

1 Ryou 2014-01-03 21:26:08 [URL]

 一しょに居ると、頭のてっぺんから爪先までいたわりの限りをこめた、柔かく暖かいものに包まれているようで、相手の好意が、しみじみと有がたく感じられる。だが、それだけにどっか、気のつまる感じがして、
(お夕食もどうですか)と、云われたのに(家で待っておりますから――)と、云って、断ったのは一人になって考えたい心持もあったし、長く一しょにいてはズリ落ちて行くようになる自分の心を、引き止めたい気持もあった。
 姉も妹も居ない薄暗い家の中に、ぼんやり独りになると、なんとなく心が滅入り込んで行った。美沢に対する未練までが、心の中に残っていて、一度美沢にあって、美和子のことを思い切り詰ってやりたい気持の湧く傍から、粋な酒場を開いて、浮れ男をあやつりながら、しかも道徳堅固に暮してみるのも面白かろうなどと、とり止めもない物思いがつづいた。
 どんな世話になっても、自分さえちゃんとしていれば、何をいい出す前川氏でもないことが、ハッキリ分ったが、しかし肝心の自分が、ちゃんとしておられるか、どうか。あの夕立の時だって……と、思うと今見たばかりの「裏街」の女主人公のことなどが、思い合わされ、正統な結婚以外の男女の間は、どんな純愛で、結び付いていようとも、結局悲しいものだと思わずにいられなかった。
 八時過ぎると、二階へ上って、床の上に身を横たえて竪樋を落ちる雨音を、さみしく聞いていると、美和子が明るい顔で帰って来た。
 何も見まい何も聞くまいと、薄い掛蒲団の下で、ジッと眼をつむって、寝入りばなを装っているのに、
「お姉さまア。眠っているの。ウソでしょう。お姉さまったら……」と、またしても気になる、からかい気味の言葉である。
「何よ。うるさい。少し気分がわるいんだから、静かにしてよ。」と、にべもなく、つっぱなして、眼をつむるのに、
「気分が悪いなんて、ごまかしても駄目よ。さっき、見ちゃったもの。いいところを!」と、いわれて思わず、眼を刮って、
「貴女も帝劇へ行っていたの?」と、語るに落ちた。
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