罪と罰 (コメント数:1) |
1 八雲 2020-03-19 12:38:04 [PC]
自身への罰を強く望む女の募集。 罰を望むのには理由がある。 それは自分が良く分かっているはず。 できない自分、最低な自分。 他人のせいにする、自分を責め続ける。 自信の欠如、自己否定、劣等感、疎外感、孤立感。 歪んだ心理はゆっくりと確実に心を蝕んでいく。 罰とは愛情。 罰とは甘美なものでもある。 虐待のようにも見える酷い行為を与えられているはずなのにどこか心落ち着く。 罰を与えられて安堵する女が多いのも事実。 被虐行為を望むのも、平伏して屈服したいのも。 滅茶苦茶にして欲しい、壊して欲しいと願うのも自分に罰を与え、赦されたいから。 自分で罰することはできない。 だから他者に罰して欲しいと願う。 奴隷という立場を望むのは罰を与えられる身分だからこそ。 ただ罰を与えればいいわけではない。 なぜ罰を望むのか、罰は女の内面を深く理解したうえで与えるからこそ意味がある。 罰を与えるというのはそれ自体が目的ではない。 大切なのは愛情を持って罰を与えること。 ただ理不尽に与えられる罰ではなく、自分を理解してくれる存在から与えられる罰。 その違いを理解している女が私の所有したい女であり、罰を与えたいと思う女。 感じるもの、話したいことがあればメールして欲しい。 年齢、既婚、未婚は問わない。 |
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