軍人の良心の自由
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1 manolo 2013-01-31 22:46:34 [PC]
出典: ジュリスト、5/1&15/2011(合併号)、No.1422、有斐閣、水島朝穂早稲田大学教授、pp.36-42
1-1. 国家目的としての「安全」、国家目標としての「平和」、国家任務としての「防衛」の概念は、等号で連結することのできない際どい問題性を孕んでいる。(p.36)
1-2. 現代における国家の役割は、「安全」領域において大きく変化している。いずこの国においても、その変化は、程度や重点の違いこそあれ、国家目標としての「平和」との関係でさまざまな問題を生じさせている。一般に「安全」は「危険〔またはリスク〕・脅威の不在」と理解され、客観的安全(現実の危険の不在)と主観的安全(危険からの不安の不在)とに区分される。後者は「安心」と安易に等置される傾きがあり、国家は「安全・安心」のパローレ(標語)のもと、主観的安全領域にまでウィングを広げ、憲法との鋭い緊張関係を惹起している。そして近年、国家任務とされることのある「防衛」領域において、国家の役割の本質にかかわる現象が看取される。ここでは2つだけ指摘しておこう。(p.36)
1-3. 1つ目は「防衛」にかかわる国家のコア領域における「民営化」の傾向であり、その現象形態が民間軍事会社(PMC: Private Military Company)である。アフガン戦争やイラク戦争では、本来軍隊が担ってきた任務のかなりの部分に、民間軍事会社がコミットしている。端的な数字を示すと、1991年の湾岸戦争当時、米軍人50人から100人に対して民間軍事会社の請負人(contractor)は1人の割合だったものが、2003年のイラク戦争では10対1になったというのがその一例である。その結果、2010年1月〜6月にアフガンとイラクで死亡した米軍人は235人だったが、同じ期間で請負人の方は250人に達する。民間軍事会社は、直接戦闘行為に参加する、限りなく傭兵に近いものから、要人警護や軍事訓練、情報についてのコンサルティング業務、兵站(ロジスティック)機能全般の支援に携わるものまで、その活動のレンジはかなり広い。請負人は「非戦闘員」だが、実質は「武装した民間人」あるいは「軍服非着用の戦闘員」である。そこには国家による「暴力独占」の「ゆらぎ」があらわれている。(pp.36-37)
2 manolo 2013-02-01 00:09:02 [PC]
1-4. 2つ目は「防衛」概念の変化である。一般に国家任務としての「防衛」は、伝統的に、領土・領海・領空の確保が主たる任務であり、その対抗すべき相手は国家ないし国家群である。しかし、冷戦の終結により、旧ソ連やワルシャワ条約機構のような対抗国家や国家群が存在しなくなったため、そこにおける紛争は、U・ベックが「わが仮想(ヴァーチャル)戦争」と呼ぶ「新しい世界内政治のタイプ」にシフトしてきた。「防衛」概念も、空間軸と時間軸において変化している。(p.37)
1-5. 空間軸では、天然資源や市場、それへのアクセスは「死活的安全保障」と観念され、それを地球規模で確保することが軍の主たる任務とされる。「国土」防衛から「国益」防衛への重点移行である。例えばドイツの『防衛白書2006』は連邦軍の任務がグローバルな「ドイツの利益」を基準として決められることを明確にして注目された。(p.37)
1-6. 時間軸では、「脅威」の内容と程度に応じて、自衛権行使の要件をクリアしない段階でも、事前、前倒し、予防的な行動を正当化する動きが生まれている。米ブッシュ政権の「国家安全保障戦略」(2002年9月)における「先制攻撃(preemptive strike)」は、近年におけるその突出例である。この延長戦で、2003年3月20日イラク戦争が始まった。(p.37)
1-7. この戦争は、国連の軍事的強制措置ではおよそなく(国連決議なし)、また自衛権行使の要件も充足しないままの武力行使だった。開戦の理由とされた「大量破壊兵器」が存在しなかったことは、今や周知の事実である。この戦争に対してドイツの職業軍人(階級は陸軍少佐)が、「良心の自由」(Gewissensfreiheit)に基づく命令拒否という形でこれに反対した。国家の役割が変容するなか、軍人という、本来その基本権が最も制限されすい世界にいる個人からの問題提起として興味は尽きない。(p.37)
3 manolo 2013-02-03 21:35:19 [PC]
1-8. 北大西洋条約機構(NATO)の中距離核兵器配備をめぐって反核運動が活発化した1983年9月、核配備に反対するドイツ軍連邦軍の将校・下士官200人ほどが、ワークショップ「ダルムシュタット・シグナル」(Arbeitskreis Darmst?dter Signal)を結成した。軍人の基本権(基本法17a条)を積極的に行使するという立場から、軍の任務を「国防」に限定し、外国出勤の拡大に反対するなどの批判的意見を公表してきた。フローリアン・プファフ(Florian Pfaff)少佐もその一人である。彼が戦闘職種でなく、後方支援部門で情報管理のソフトウェア開発に従事していた。(pp.37-38)
1-9. イラク戦争が始まると、ドイツは表向きはこれに反対したが、在独米軍基地の使用から各種の便宜供与に至るまで、背後ではさまざまな対米協力・支援を行ってきた。問題となったソフトも米軍が使用することが判明したため、2003年4月、プファフ少佐は「イラク戦争は国際法違反でかつ違憲であるからこれに協力することはできない」として、当該ソフト開発に携わることを拒否した。直属上司の命令は、「イラク戦争についての貴官の個人的意見や、貴官がこの戦争についての軍の姿勢をどう評価するかにかかわらず、確実に、このこと〔同少佐の任務〕をなすことを命令する」というものだった。(p.38)
1-10. 命令拒否を表明するや、プファフ少佐は連邦軍中央病院精神科に1週間、検査入院をさせられた。(中略)北部ミュンスター部隊服務裁判所は2004年2月9日、イラク戦争をめぐる争点には立ち入らず、同少佐の命令違反を形式的に認定し、大尉に降格する判決を下した。少佐と軍がともに連邦行政裁判所に控訴。2005年6月21日、連邦行政裁判所第2軍務部は、イラク戦争についての「重大な法的疑念」を鮮明にしつつ、同少佐の「良心の自由」に基づく命令拒否を認容し、1審判決を取り消した。(p.38)
4 manolo 2013-02-03 22:38:53 [PC]
1-11. 【連邦行政裁判所判決(判決のポイント)】
(1)イラク戦争の国際法違反性
連邦行政裁判所は、イラク戦争について、「国連憲章の武力行使禁止および他の現行国際法に鑑み、すでに当時、重大な法的疑念が存在した」と認定し、「この戦争のために、米国および英国の政府は、授権される国連安保理決議にも、国連憲章51条により保障される自衛権にも依拠することはできなかった」とした。そして、「かかる正当化事由なしに……国連憲章の国際法上の武力行使禁止を無視し、軍事力に訴える国家は、国際法に違反して行動している。それは軍事的侵略(Agression)を犯すものである」とまで断定した。また判決は、「国際法違反の戦争を計画かつ遂行したNATO加盟国は、国連憲章のみならず、同時に、NATO条約1条〔「(武力行使を)国際連合の目的と両立しないいかなる方法によるものも慎む」〕にも違反する」と指摘。NATO条約も、NATO軍の地位や駐留に関する一連の協定も、「国連憲章と現行国際法に反して、ドイツ連邦共和国が、NATO加盟国の国際法違反の行動を支援するいかなる義務も予定してない」と判示した。判決はまた国連憲章103条(「国際連合加盟国のこの憲章に基づく義務と他のいずれかの国際協定に基づく義務とが抵触するときは、この憲章に基づく義務が優先する」)にも言及し、国連憲章違反の軍事行動の義務がないことを周到に根拠づけた。(p.38)
1-12.
(2)国際法違反の戦争に協力することの違憲性
判決はまた、連邦軍の主たる任務を「防衛」(基本法87a条1項)にあるとしつつ、「『防衛のため』の連邦軍の出動(Einsatz)」は常に、『軍事的攻撃』に対する防衛としてのみ許されるのであって、経済的または政治的利益の追求、達成および確保のためではない。『防衛のため』以外には、連邦軍の兵力は基本法87a条2項の憲法規範が強行的に規定するように、これを基本法が『明文で』許容する限度においてのみ出動が許される」と判示している。判決は連邦憲法裁判所の1994年7月12日判決(アドリア海・ソマリア出動)を踏まえ、基本法24条2項の相互的集団安全保障に基づく出勤を「国連憲章に適合する限りで」認めている。だが、イラク戦争には国際法上の「重大な疑念」があり、「(連邦政府による)支援提供が国際法上許されるかに対して、重大な法的疑念が存在する」とした。(pp.38-39)
5 manolo 2013-02-04 01:03:25 [PC]
1-13.
(3)良心の自由に基づく命令拒否−批判的服従
軍人法11条第1項は、「軍人は上官に従わねばならない。軍人は上官の命令を、最善を尽くして完全に、良心的にかつ遅滞なく遂行しなければならない。命令が人間の尊厳を侵害し、又は役務外の目的でなされた場合は、それに従わなくても不服従にはあたらない。……」、同2項は、「命令によって犯罪行為をなすことになる場合は、その命令に従ってはならない。にもかかわらず部下が命令に従ったときは、それにより犯罪行為がなされることを知っていた場合、又はそれを知りうる状況下に明らかにある場合でなければ、部下は命令に従ったことの責任は負わない。」と定める。判決は、この軍人法11条1項に基づく命令の性格についてこう述べる。
「与えられた命令を『良心的に』(最善の力で完全に遅滞なく)遂行しなければならないという、連邦軍軍人の中心的義務は、無条件の服従ではなく、共に考える(mitdenken)、とりわけ命令遂行の結果を、現行法の制限と自らの良心の倫理的『境界領域』を顧慮して、よく考えてなす服従を求めている」。そして、次のように続ける。
「基本法および軍人法から服従の法的限界が生じる」「軍人は、良心の自由の基本権の保障(4条1項)に依拠できるときは、与えられた命令を、不当で要求できないものとしてこれに従う必要はない。基本法4条1項の保護作用は、兵役拒否者としての承認を求める権利(4条3項)によって排除されない」。さらに、「軍人は、良心の自由の基本権によって保障される良心の決断をなしたときは……自己の良心の要請に従って行動することを、公権力によって妨げられない請求権を有する。」と。(p.39)
6 manolo 2013-02-04 16:50:59 [PC]
1-14. 【3. 違法な戦争と批判的服従−判決の意義】
第1に、イラク戦争の国際法違反性について周到に論証したことだろう。判例解説の類には違憲性を明確にしたとするものもあるが、本判決はドイツ政府の支援協力との関係で、基本法26条(侵略戦争の違憲性)には言及していない。つまり政府の行為を基本法26条違反とは直接断定していないのである。連邦憲法裁判所の権限領域に踏み込むことを考慮したものと見られる。もっとも、本判決は、基本法87a条1項の「防衛」概念の法的確定を通じて、イラク戦争への直接・間接の支援協力が基本法からの逸脱にあたることを明らかにしている。その意味では、実質的に違憲と言ったに等しい。(p.39)
1-15. 第2に、軍人の服従義務の法的限界を明確にしたことである。「盲目的服従」や「無条件服従」を否定し、「共に考える服従」について述べている。上官の命令が「人間の尊厳」を侵害するかなどについて、部下がその信条に照らして考えた上で服従するというのは、厳格な命令・服従関係を特徴とする軍隊ではかなり異例と言えるだろう。だが、ドイツ連邦軍はナチス時代への反省から、後述するように、国家目標としての「平和的国家性」に適合的な軍隊のありようを創設以来追求してきた。「命令は命令だ」という、「悪法も法である」式の考え方を否定し、「人間の尊厳」(基本法1条1項)に反する法律・命令は存在することが許されない。本判決は、連邦軍創設の理念を、命令・服従関係の場面でより明確にしたという点で意味があろう。(p.38)
1-16. 第3に、従来、基本法4条3項の「良心的兵役拒否」(KDV)に関する判例は存在したが、職業軍人の命令拒否が「良心の自由」の観点から判断されたのは珍しい。その意味で、4条3項の良心的拒否権は、文字どおり「良心的理由に基づく戦争役務拒否権」(Reicht auf Kriegsdienstverweigerung aus den Gewissengr?nden)と理解するべきであろう。従来、この権利は徴兵される兵役義務者の問題(一般社会から軍隊社会への過程における権利)として捉えられてきたが、本件において、職業軍人(将校)もまた、「良心の自由」を主張して戦争役務を拒否できることが確認されたわけである(軍隊社会内部における権利)。(pp.39-40)
7 manolo 2013-02-04 17:04:41 [PC]
1-17. 〔プファフ少佐〕まもなく判決から6年になるが中佐への昇進はないという。(p.40)
1-18. その後、2007年3月、同じ「ダルムシュタット・シグナル」のメンバーのJ.ローゼ中佐(第4防衛管区司令部参謀将校)が、「トルネード多目的戦闘機のアフガン派遣は国際法および基本法に違反する」という自己の良心に基づき、アフガンへの燃料輸送トレーラー隊の移動を組織する任務を拒否した。それがもとで、中佐は退役させられた。(p.40)
1-19. なお、2009年9月4日には、アフガン北部で、ドイツ連邦軍のG.クライン大佐の命令で、川岸のタンクローリーの対する誤爆に近い攻撃が行われ、住民を含む142人が死亡するという「クライン大佐事件」が起きた。「防衛」概念を拡張して、「ドイツの利益」「国益」防衛1のため、軍の外国出動が活発化する中で起きた事件である。ちなみに、大佐の退役はない。(p.40)
2-20. 現代国家の変容のなかで、「防衛」領域における憲法的統制の枠組みが、議会や裁判所のプラクシスを通じて確保されていることを見てきた。日本の場合はドイツよりも徹底した平和主義条項(憲9条)を持ちながらも、その実現のためのプラクシスにおいて課題を残している。そうしたなか、名古屋高裁2008年4月17日判決(判時2056号74頁)が、平和的生存権を「複合的権利」として構成し、とりわけその自由権的側面において、9条違反の行為に加担・協力を強制された時は、裁判所に違憲行為の差止めや損害賠償請求ができるとした点は注目される。また、岡山地裁2009年2月24日判決(判時2046号124頁)が平和的生存権の内容構成に関連して、「徴兵拒絶権、良心的兵役拒絶権、軍需労働拒絶権等の自由権的基本権として存在し、また、これが具体的に侵害された場合等においては、不法行為法における被侵害法益としての適格性があり、損害賠償請求ができることも認められるというべきである」とした点も重要である。「徴兵拒否権」と「良心的兵役拒否権」の区別について自覚があるのか、また、「軍需労働拒絶権」は、私企業(軍需産業)での特定態様の労働(戦争協力のための輸送、兵器の生産等)を拒否することで、軍需労働拒絶により解雇されない権利まで含むのかどうかは明確でないものの、平和的生存権の具体化に向けた萌芽的試みと言えよう。(p.42)
8 manolo 2013-02-04 18:13:16 [PC]
【訂正】
1-3.
誤 民間軍事会社は直接戦闘行為に参加する、
正 民間軍事会社は直接戦闘行為に関与する、
1-5.
誤 …それへのアクセスは「死活的安全保障」と観念され、
正 …それへのアクセス者「死活的安全保障利益」と観念され、
1-6.
誤 この延長戦で…
正 この延長線で…
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