冤罪
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1 manolo 2014-06-12 14:07:02 [画像] [PC]

出典: 『朝日新聞』、3/28/2014、「袴田さん48年ぶり釈放」p.1

死刑停止 再審決定
「証拠捏造、警察のほかにない」
操作を厳しく批判

1-1.
 1966年に静岡県の一家4人が殺害、放火された「袴田事件」で、静岡地裁(村山浩昭裁判長)は27日、死刑が確定した元プロボクサー袴田巌さん(78)の再審開始を認める決定をし、袴田さんは同日夕、東京拘置所から釈放された。逮捕から48年ぶり。死刑囚が再審決定と同時に釈放されるのは初めてとなる。

2 manolo 2014-06-12 14:28:30 [PC]

1-2.
 決定は、物証が捏造された疑いに言及。「証拠を捏造する必要と能力を有するのはおそらく捜査機関(警察)のほかにない」と批判。「国家機関が無実の個人を陥れ、45年以上拘束し続けたことになり、刑事司法の理念から到底耐え難い」と悔恨もにじませた。

1-3.
 2008年4月に始まった今回の第2次再審請求審では、犯行時の着衣とされたズボンや白半袖シャツなど「5点の衣類」についた血痕のDNA鑑定が実施された。まず11年12月に、衣類に付いていた被害者のものとされる別の衣類から検出したDNA型が一致しないことが弁護士側の鑑定で判明。12年4月には、袴田さんの血痕とされた白半袖シャツの右肩の血と、袴田さんのDNA型が一致しないとする結果が、検察、弁護士側双方の鑑定で明らかになった。

1-4.
 検察側は「DNAが劣化していた可能性がある」と信用性を争ったが、静岡地裁は信用性を認め、「DNA鑑定が裁判で提出されていれば、有罪判断に達していなかった」と指摘。5点の衣類は袴田さんのものでも犯行時の着衣でもない可能性が十分と認定した。

1-5.
 5点の衣類は事件の約1年2カ月後、現場の近くのみそ工場タンクからみそ漬けの状態で発見された。弁護士団側は血をつけた衣類をみそ漬けにする実験の結果、長期間漬かっていた衣類と色が違うと主張。地裁決定も、5点の衣類は「事件から相当期間経過した後、みそ漬けにされた可能性がある」として、「後日捏造さたと考えるのが最も合理的」と判断した。また、5点の衣類のうち、「B」と書かれたズボンの札について、確定判決は「B」の意味を肥満体ようの表示と認定。袴田さんがズボンの装着実験でははけなかったにもかかわらず、もともと肥満体用のズボンがみそに漬かっている間に縮んだだものとしていた。第2次再審請求審で弁護側は、検察側の新たな証拠開示で得られた供述調書から「B」は色を表すと指摘。地裁決定も「ズボンは袴田さんのものでないとの疑いに整合する」と判断した。

3 manolo 2014-06-12 14:44:54 [PC]

■再審開始決定の骨子
・確定判決で犯行時の袴田さんの着衣とされた「5点の衣類」は、弁護士側が提出したDNA型鑑定によれば、袴田さんのものでも、犯行時の着衣でもなく、後日、捏造された疑いがある。
・5点の衣類が(事件の約1年後にみそ工場のタンクから)発見された当時の色合いや血痕の赤みは、長期間みそのなかに隠されていたにしては不自然だ。
・その他の証拠を総合しても袴田さんを犯人と認定できるものはない。
・再審を開始する以上、死刑の執行停止は当然。操作機関によって捏造された疑いのある証拠で有罪とされ、極めて長期間、死刑の恐怖の下で身柄を拘束されてきた。これ以上、拘束を続けることは耐えがたいほど正義に反する。よって拘置の執行も停止する。

*袴田事件
1966年6月30日未明、静岡県清水市(現・静岡県清水区)のみそ製造会社専務(当時41)宅から出火。焼け跡から専務、妻(同39)、次女(同17)、長男(同14)の遺体が見つかった。全員、胸や背中に多数の刺し傷があった。県警は同年8月、従業員の袴田巌さん(同30)を強盗殺人などの疑いで逮捕。一審・静岡地裁は袴田さんは家を借りるための金が必要で動機があるとして死刑を宣告した。この時、死刑判決を書いた熊本典道・元裁判官は2007年、「捜査段階での自白に疑問を抱き、無罪を主張したが、裁判官3人の合議で死刑が決まった」と評議の経緯を明かし、再審開始を求めていた。

4 manolo 2014-06-13 00:43:56 [PC]

出典:『朝日新聞』3/28/2014、「時時刻刻 証拠一転、「無実」の根拠」、p.2
袴田事件 DNA鑑定、再審決め手

2-1. 【精度、飛躍的に向上】
 DNA型鑑定は、人の血液や唾液などの細胞からDNAを取り出し、それを作っている「塩基」という物質の配列を分析する。DNAにはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の塩基がある。これが、例えば「AATG」などの特定の並び方で繰り返し現れる部位があり、その繰り返しの回数は個人で異なっている。この違いを個人識別に利用したのがDNA鑑定だ。

2-2.
 DNAの研究が進歩し、繰り返しが現われる部位が多く見つかるようになり、鑑定の精度が高まっている。DNA型鑑定が実用化された1989年は、観察できる部位は1カ所で、同じDNAの型を持つ人の割合は「200人に1人」だった。だが、06年ごろからは15カ所に増え、識別できる割合も「4兆7千億人に1人」と飛躍的に向上した。

2-3.
 その結果、証拠として提出された血液が誰のものか分からなくても、「Aさんのものではない」と認定できるようになった。名古屋大の勝又義直・名誉教授(法医学)は「鑑定技術の進歩によって、結果的に冤罪を防ぐことに利用できるようになってきたのでは」と話す。

2-4.
 栃木県足利市で90年に女児が殺された「足利事件」も「DNAの型が一致しなかった」という鑑定結果が再審開始の決め手となった。関西医大の赤根敦教授(法医学)は「検査機器や試薬の改良が進んでいることも、精度向上の一因になっている」と話す。

5 manolo 2014-06-13 00:46:35 [PC]

2-5. 【調書1通のみ採用 犯行時の着衣変更 操作不備、一審から指摘】
「国家機関が無実の個人を陥れ、45年以上にわたり身体を拘束し続けたことになり、刑事司法の理念から到底耐え難い」 静岡地裁決定が厳しい捜査批判の言葉を連ねた背景には、早い段階から指摘された捜査の問題があった。

2-6.
 一審・静岡地裁判決によると、袴田さんに対する取り調べは逮捕から起訴まで連日平均12時間に及んだ。否認を続けていた袴田さんは、拘留期限の切れる3日前に犯行を「自供」した。袴田さんは裁判では一貫して無実を主張。一審は、袴田さんの供述調書45通のうち、44通は違法な取り調べとして証拠採用しなかった。一審判決は「自白を得ることに汲々として、物的証拠に関する捜査を怠った」と厳しく捜査を批判しつつも、結論は有罪とした。

2-7.
 袴田さんを犯人とする物証も異例の経過で見つかった。起訴段階では犯行時の着衣はパジャマとされた。しかし、公判が始まっていた67年8月、現場近くのみそ工場のタンクから「5点の衣類」が見つかると、検察側はこれを犯行時の衣類だと主張を変えた。

2-8.
静岡地裁決定は捜査の問題点に触れ、「証拠が後から捏造されたと見るのが合理的で、それができるのは捜査機関」と批判した。

2-9.
 しかし、問われているものは捜査機関だけではない。多く疑問点がありながら有罪の結論を導いた裁判所にも厳しい目が注がれる。例えば、今回の決定で袴田さんのものではない可能性が強まった「5点の衣類」のうちのズボン。二審の東京高裁は、試着した袴田さんがサイズが小さすぎてはけなかったのに、「ズボンはみそ漬けで縮んだ一方で、被告が太ったためにはけなくなっただけ」と判断していた。西嶋勝彦・弁護団長は記者会見で言った。「検察と癒着し、迎合した裁判官の責任がただされるだろう。」

6 manolo 2014-06-13 00:47:03 [PC]

2-10. 【チェックできなかった裁判所】
 元刑事裁判官の木谷明弁護士の話
捏造の疑いがあるとまで指摘された捜査内容は、どのように批判されても仕方がない。問題は裁判所が事件をチェックできなかったことだ。当時、DNA型鑑定がなかったものの、わずか1通だけ採用された怪しげな自白調書に引きずられたことを深刻に受け止めるべきだ。背景には、裁判所の捜査機関に対する「あってはならない信頼」であり、その体質は変わっていない。今回のような問題を防ぐためには、裁判所が、捜査機関、捜査内容を批判的に見るとともに、検察に全面的な証拠開示を迫っていくことが必要だ。


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