予断排除の原則
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1 manolo 2015-01-24 11:47:06 [画像] [PC]

『よくわかる刑事訴訟法』椎橋隆幸編著、ミネルヴァ書房、4/20/2009、「V-7. 起訴状一本主義:予断排除の原則」、関正晴、pp.136-137

1-1. 【1. 起訴状一本主義とは】
 刑訴法256条6項は、起訴状一本主義を採用し、起訴状に、裁判官に予断を生ぜしめるおそれのある書類等の添付とその内容を引用することを禁じている。これは裁判官が、公訴提起時に提出された捜査書類等を精査した上で公判に臨み、捜査機関の形成した嫌疑を承継する旧刑法上の運用を制度的に改めるものである。起訴状一本主義の目的は、裁判官が公判開始前に捜査機関の一方的な説得を受け偏った先入観を形成することを防止し予断を形成することを防止することにある(予断排除の原則)。この制度の採用によって、裁判官が第一回公判期日前に事件の実情を知り得ないため、立証活動等の訴訟における積極的役割を当事者が担うことになり当事者主義訴訟構造の採用が決定づけられる。また、この制度は、捜査機関作成の調書等の証拠能力を原則として否定する伝聞法則(320条1項)とともに、公判廷における当事者の主張・立証を基礎に証人尋問を中心に心証形成することを裁判官に要請する*公判中心主義を基礎づけている。ただ、この制度は、刑訴法の規定の不備とも関連して、検察側証拠の閲覧の機会を著しく制約するという負の側面をもち、証拠開示の問題を生じさせている。この制度の目的とする予断排除の理念は、第一回公判期日前日の勾留処分の制限(280条・刑事訴訟規則187条)等刑訴法の随所に盛り込まれている。(p.136)

*公判中心主義
犯罪事実の認定は公判における当事者の主張・立証を基礎に行われるべきとする原則をいう。(p.136)

2 manolo 2015-01-24 11:49:28 [PC]

1-2. 【2. 具体的内容と問題点】
 刑訴法は、書類その他の物の「添付」及び「内容の引用」を禁止しているが、その趣旨は他の形式による場合にも及び、およそ予断を生ぜしめるおそれのある事項の記載は許されない。他方、256条3項は裁判所の審判対象と被告人の防禦の対象を手続上明らかにするために、「罪となるべき事実」を特定して起訴状に記載する(訴因の特定)ことを要求する。そのため、起訴状に記載された訴因が詳細であればあるほど予断のおそれが相対的に強まることから両者の調整が問題となる場合が生じる。この点、判例は、比較的早い時期から「訴因を明示するため犯罪構成要件にあたる事実若しくは、これと密接不可分な事実を記載することは適法である」として、訴因特定の要請を優先させている。しかし、学説の多くは、裁判官が予断を抱くことなく審理を開始することは手続きの基礎であり、一度抱いた予断は容易に消し難いことを理由として、訴因明示の要請も予談排除の要請に反しない限度に制約されるものとしている。(pp.136-137)

1-3.
 この点が証拠の引用との関係で現実に問題となったものとして、*文書を用いて犯された恐喝罪の犯罪事実の記載について、ほぼそのままの形で脅迫文の原文を引用した事実がある。判例は、原文を要約摘記すべきであるとしながらも「その趣旨が婉曲的暗示的であって、起訴状に脅迫文書の内容を具体的に要約摘示しても相当詳細にわたるのでなければその文書の趣旨が判明し難いような場合には脅迫文書の全文と殆ど同様な記載をしたとしても適法である」としている。さらに、**名誉棄損の原文引用が問題とされた事案について、要約摘示の方法によらないでも原文引用が許されるとした判例もある。いずれも訴因明示の要請を優先させるものである。しかし、学説の多くは、証拠内容を立証対象たる起訴状の記載に持ち込むことが禁止されていることを重視して、訴因の明示に必要な限度を超えて文書の内容を詳細に記載することは許されないとしている。(p.137)

*被告人は、Mらが金員を脅し取ることを企て、M宛に内容証明郵便により脅迫文を送付して閲読畏怖させて、Mらから金員を喝取したとして起訴されたが、その起訴状には、脅迫文がほぼそのままの形で原本の体裁通りに引用されていた事案である(最判昭和33年5月20日刑集12巻7号1398頁)。(p.137)

3 manolo 2015-01-24 11:51:54 [PC]

**被告人は、同僚議員と推知される人物が外国へ公務出張した前後の行状をコミカルに描いた文章を作り雑誌に投稿した。甲の告訴に基づき検察官は、名誉棄損が成立するとして公訴を提起したが、原文が長文にわたって起訴状に引用されていた事案である(最1小決昭和44年10月2日刑集23巻10号1199頁)(p.137)

1-4.
 さらに、*余事記載との関係でも、**前科の記載が問題とされた事案があり、「詐欺の公訴について、詐欺の前科を記載することは、両者の関係からいって、公訴事実につき、裁判官に予断を生ぜしめる事項にあたる」とする判例があるが、前科の記載は一般に被告人の悪経歴・悪性格を示すものであるから妥当である。一方、***被告人の悪経歴等の事実を相手方が知っているのに乗じて恐喝の罪を犯した事案について、「これらの経歴等に関する事実を相手方が知っていたこと恐喝の手段方法を明らかならしめるために必要である」として適法とするものもある。この判断に対して多くの学説も、この事実が構成要件の内容をなす場合、あるいは密接不可分の関係にあることを理由として判例の結論を支持している。(p.137)

*余事記載
起訴状に記載すべき事項以外の事実を記載することをいう。(p.137)

**被告人は詐欺罪で起訴状されたが、その起訴状に「被告人は詐欺罪により既に二回処罰を受けたものである」と記載がなされていた事実である(最判昭和27年3月5日刑集6巻3号351頁)。(p.137)

***被告人は恐喝罪で起訴されたが、その起訴状に、被告人が前科5犯を重ね、私文書偽造行使罪により懲役1年6月に処せられながら病気加療に名を借りて執行を免れており不良の徒輩と交友諸所徘徊し近隣より嫌悪されていた等の前科悪経歴等・素行・性格等が記載されていた事案である(最判昭和26年12月18日刑集5巻13号2527頁)。(p.137)

1-5. 【3. 違反の効果】
 判例は、予断を生ぜしめる事項の記載による違法性は、その性質上もはや治癒することはできず公訴提起の無効をきたすとする(最判昭和27年3月5日)。学説には、この瑕疵に治癒の余地はないとするのはゆきすぎであるとし公訴を必ずしも無効ならしめないとするものもある。しかし、予断を生ぜしめる事項を記載した起訴状の朗読がされた場合に、その裁判官に対する影響を完全払拭することは困難であること等から公訴提起は無効となるとして、起訴状一本主義違反の効果を厳格に解するのが多数説である。(p.137)

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