そんなこと、たゞ
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1 Ryou 2014-05-17 12:07:33 [URL]

「そんなこと、たゞ、美しい物語にすぎないわ。そういうことも、それがもし自然にそうできるなら、あつたつていゝわ。たしかに、感動にあたいする人間のすがただわ。でも、もしそれが、何かあるおきてのようなもの、道徳のようなもので、むりに強いられて、そうするのがほんとだ、そうしなければならないと思うのだつたら、あたしは、間違いだと思うの。そのことを、北原先生だつてわかつてらつしやるにちがいないんだけど、まだなにかさつぱりしないんだわ。それで、あたしに、どうしたもんだろうつていうご相談なの。今までは当分の間と思つて、不安と戦つたり、さびしさをまぎらしたりしていたけれど、もう、これからは、そんなことで気持がおさまるわけはないつて……まあ、そうでしようね。あたしも、どうしていゝかわからないの。戦争のおかげで不幸な人もたくさんできたわ。でも、北原先生だけは、あたし、なんとかして、この不幸から救つてあげたいの。そこで、これはあたしの最後のお願いだけれど、あなたのお力、拝借したいわ……」
 井出夫人の哀訴にもちかい言葉の調子、そして、眼つきから、市ノ瀬牧人は、たゞならぬものを感じとつた。
「わしにどんな力があるかしら?」
 彼は、ぐつとつばをのみこんだ。

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