市ノ瀬牧人は
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1 Ryou 2014-05-17 12:09:36 [URL]
市ノ瀬牧人は、そこでちよつと考えこんだ。そして、大きく息を吐くといつしよに、
「これは、まあ、宿命のようなもんです。それと同時に、こいつは、奥さんに対する……言葉はなんでもいゝですが、まあ、わしの心のありつたけ……です」
と、彼は、額をおさえながら、顔を伏せた。
井出康子は、その様子をみて、はつとしたように肩をおとし、そして、やゝ、しみ/″\とした調子で、
「わかつてます、わかつてます。立派よ、あなたは……ほんとに立派よ……。それにくらべて、あたしは、なんていう女でしよう。なにひとつ、自分の意志でものごとを決められないの。こうしたいからするんじやなくて、こうせずにいられないからするの。つまらないわ、そんなの……」
「いや、それがいゝんです」
市ノ瀬牧人は、キッパリ言い放つた――
「わしはそれが好きです。それがほんとだと思うんです。わしはともかく、北原先生に会いましよう。奥さんにそう言われたなんて言わん方がいゝでしような」
「さあ、それはあなたのご勝手……。所をお教えするわ」
彼女は、立つて、部屋を出て行つた。
ひとりきりになると、市ノ瀬牧人は、これも座をたつて、テラスの方へゆつくり歩を運んだ。なにもかも終つたという感じと、軽い新たな好奇心とが胸に残つていた。
テラスに出て、ふと庭の一ぐうの物干場へ眼をやると、二人の女が何やら言い争つていた。
「あたしはなんにも言つた覚えありませんよ。勝手に気をまわすのよしてちようだい」
こうカン高い声で叫んだのは、四十がらみのでつぷりした女で、簡単服のすそをつまんで胸をそらしている。
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