画家のアトリエ
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1 Ryou 2014-01-18 19:12:12 [URL]

 画家のアトリエにはひつた時、われわれは、その家の主人を画家として以外に見ることはできない筈である。つまり、雑談の間にも、一度は「絵の話」がでる。「彼の絵」がさうさせるのである。ところが文士の書斎は、時には、実業家の応接室と選ぶところなく、温泉場の碁会所と選ぶところなく、停車場の待合室と選ぶところがない。「彼の本」は、実際背中を向けたままでゐるからである。
 私はある時、初めて識り合ひになつた画家に伴はれて、深夜そのアトリエにはひつたことがある。屋根裏の薄暗い部屋である。私たちは、話に夢中になつて、その日、夕食を食ひ損つたのである。その画家はアトリエの一隅で、アルコオル・ランプに火を点け、米の飯を焚き出した。茶めしを御馳走しようと云ふのだ。私は空腹を抱へて飯のできるのを待つた。やがて、醤油の煮える香ひがしだした。巴里で嗅げば、これもノスタルヂヤの種だ。
 ――さあ食ひ給へ。

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