どんなことを話したか
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1 Ryou 2014-01-18 19:12:35 [URL]

 その後は、どんなことを話したか覚えてをらぬが、それから一年もたつてからのこと、その画家は私に向つて、面白いことを云つた。
 ――君がはじめて僕のアトリエに来た時、壁といふ壁にあんなにかけてあつた僕の画を見て、お世辞にでもなんとか云はうとしない無頓着振りには、全く感心したよ。それより第一、絵かきのところへ来て、絵がそこにかけてあることさへ気がつかないやうなんだ。
 ――腹がへつてたからだらう、きつと。
 ――いや、飯を食つてから後でもだ。
 ――腹がふくれたからだよ、それや……。
   ……………………………………
 こんな冗談にまぎらはしたものの、私は内心、画家を友にもつ資格のないことを恥ぢた。
 私が最も驚異の眼を見はつたのは、ある友人に連れられて、モン・パルナスの某画塾を見に行つた時である。男女数十人の研究生が、モデル台に立つた一人の男を――丸裸の男を写生してゐた。モデルといふ職業も、人事ながら容易でないと思つたが、まだ日本なら肩揚も取れないほどの少女たちが、顔も赤らめず、「裸の男」を忠実に「頭から足の先」まで写生してゐる有様は、全く見てゐて、こつちの顔が赤くなるやうな気がした。かういふ場合に、かういふ感情を起すことが抑も「絵を描かない人間」の悲しさだらうが、それにしても、「絵を描く人間」は、そんなに、肉体といふものに対して、特別な観方、感じ方ができるのだらうか。できなければいけないのだらうか。私は少し憂鬱な、同時にまた滑稽な気持でその画塾を出た。

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