渡る世間は闇ばかり
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1 匿名さん 2026-04-04 06:04:31  [編集/削除]

 『世界は腹黒い。』

 『そして、日本を含めた世界には、暗愚な一面がある。』

 『知らざる者は、幸いなり。』

2 故中川昭一元財務相 酩酊会見 2026-04-04 06:13:50 [画像]  [編集/削除]

 (それにしても、国士といわれる官僚や政治家らの不審死が多いな、。
 例えば、天下りや利権の温床でもある特別会計・特殊法人などに手をつけようとしようものなら、関係官庁総動員で潰しにかかるらしいからな…、、故石井紘基衆議院議員(旧民主党) 刺殺事件、故安倍晋三元総理暗殺事件、故中川昭一衆議院議員不審死事案(自殺とされてるけど、アメリカや中国やロシアには、たった一滴皮膚に染み込ませるだけで、数日後には衰弱死させられる、検死では出てこない薬物があるらしいな、。)
あと、財務省の公用車に轢き殺された(のち加害者は不起訴)り、海外の海で溺死したりした議員さんらもいたな…、。)

3 2 2026-04-04 06:20:58  [編集/削除]

 2009年、ローマで行われたG7財務相・中央銀行総裁会議後での記者会見、
当時、他のSNSの住人であった頃、当時から、後の故中川氏の不審死とともに、大炎上してたな。
さも飲酒後と思わせぶりに、テーブルに置かれた酒のボトル、酩酊に似た朦朧状態、それをもって世界中に発信させ、のちの更迭、財務・金融相辞任へと追い込まれる要因になった『意図された醜態劇』、
席の左右に並ぶ官僚らや記者連中の異様な冷静な対応と、
後日、全くのデマが判明した朝日新聞などの記事(バチカン美術館での観光)、
など日本国内での偏向報道による苛烈なバッシングがその証左。
 財務省、マスゴミ、(米も?)などによる、中川財務・金融相辞任への渇望…。

 (IMF加盟国である日本による規模最大の外貨準備金の資金提供1,000億ドル融資はIMFから歓迎されるも、財務省はその拠出には否定的だった、。マスゴミは当然ながらそれについては完黙、。)
_______
バチカン美術館での観光(Wikipediaより)

 (略) G7における「共同記者会見」の直後に、中川らはバチカン美術館を約2時間観光したが、その際にも中川は、美術品に触れる、柵を越えて警報を鳴らす、ラオコーン像の台座に座るなどの、不適切な行動をとっていたことが報じられた。
これを受けて中川の事務所は、「体調が悪く、入ってはいけない区域に入ってしまい、警報が鳴ったのは事実」と発表した[87]一方で、中川自身は 「非常に事実と違う」「(博物館を)案内してもらい、つつがなく終わったと思っていたらあの報道。(バチカン側も)全く警報機も鳴っていないし、私に注意もしていないとお怒りになっている」と報道内容を否定した[88]。通訳として中川に同行していた神父の和田誠は、中川の最も近くにいたが、報道にあったような非常識な行為を見た記憶はないという。和田によると、中川から酒のにおいはせず(和田は酒が苦手なため、匂いには敏感であると述べている)、中川の言葉は非常にはっきりとしており、中川が立ち入り禁止エリアに足を踏み入れることはなく、触ってはいけない展示品を素手で触る場面もなく、博物館の説明に非常に熱心に耳を傾けており、ラオコーン像の周囲には柵は設置されていなかったとした。(美術館のガイドはイタリア人女性であり説明はイタリア語で行われ通訳が必要であった。)
和田は、日本のマスコミに対して「中川の行動に非常識な点はなかった。あれは間違いであると繰り返し抗議したが徹底的に無視された」と抗議した[89]。
また、トラブル当日の同行者たちの一人で通訳であったバチカン放送局・神父 和田誠は、朝日新聞の報道ののちに他の新聞社、通信社、テレビ局から取材を受け、「中川前大臣の行動に非常識な点は無かったと繰り返し説明したはずの発言は一行も報じられることはなかった」とコメントをしている。
その後の日本政府による答弁書では、中川が同美術館で立ち入り禁止区域に入り、警報が鳴ったとしているが(内閣衆質171第254号 平成21年4月7日)同博物館に確認し、「警報機は鳴ったが、その音量は全館に響くほど大きくなく、気づかなかった人もいただろう」としている。(略)
 ( https://ja.wikipedia.org/wiki/中川昭一 )
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4 3 2026-04-04 06:25:08 [画像]  [編集/削除]

  (画像参照。)
5 4 2026-04-04 06:35:49 [画像]  [編集/削除]

  (橋氏のXより抜粋)
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中川 郁子 Facebook
 https://www.facebook.com/story.php?story_fbid=25836150052752826&id=100003535547262&mibextid=wwXIfr&rdid=w0SxFYLR39ZyM5pA#
__________
夫は、帰国して成田空港を出て、わたしと電話で話をするまで、ローマの記者会見について、日本のテレビやネットで大炎上していたことを知らなかった…
同行していた財務省の方々が、なぜ、夫に伝えなかったのか。
今でも疑問に思います。
〜〜〜〜
2009年2月13日、ローマでのG7会合の合間を縫って
夫は、日本の財務金融担当大臣として、IMFのストロスカーン専務理事と調印式を行いました。
リーマンショック後の金融危機に対応するため日本からI MFに1000億ドルの融資を実施するという合意文書に調印したのです。
日本がIMFの資金基盤を強化し、新興国を含む世界経済の安定に貢献するための重要な金融支援でした。
日本が世界的な金融危機に大きな貢献をし、その危機管理能力を高く評価されるものと、夫も、麻生太郎総理大臣も確信していたのでした。
夫は、成田空港到着後、財務省の公用車に乗りこむと直ぐに、わたしに電話をかけ、
「日本のテレビはどうだった?ずいぶん褒めていただろう?」
と聞きました。
日本では、IMFとの調印式について全く報道されないどころか、
朝から「酩酊会見、日本の恥だ!」
テレビもネットも大騒ぎだったのです。
スマホ、タブレットもSNSもない時代です。
本人は、役所の方々から聞かされなければ何も知ることは出来ません。
ローマには、篠原尚之財務官も玉木林太郎国際局長やその他の幹部職員も、財務省側の秘書官などたくさんの方々が同行していました。
成田空港には、大臣出張を出迎えるほかの幹部もいたはずです。
成田空港到着は午後3時過ぎ、わたしがテレビで見たのは午前9時。息子がインターネットで大騒ぎになっていることをわたしに知らせてくれたのはそれより前です。
なぜ、夫には情報は伝わっていなかったのか?
わたしは、夫の問いに
「なにも知らないのですか?その車に乗っている秘書官にすべて聞いて下さい!」
と答えるのが、やっとでした。
翌朝、山本高史秘書(中川事務所)が泣きながら、わたしの家に来ました。
IMF調印式のあと「今日の会見はなくなりました」と財務省側の事務秘書官から言われたので、財務大臣会合で各国の大臣からいただいたお土産などを、パッキングするために自分の部屋に
戻ったのだそうです。
しかし、その後、
「会見が始まります」と言って誰かが連れ出したのだ、
と説明をしました。
後日、夫を連れ出したのは、玉木林太郎国際局長だったことがわかります。
山本秘書が部屋に戻ったのを確認すると、玉木林太郎国際局長は、まず、夫をランチに誘いました。
オフィシャルなランチ会合は既に終わっていましたが、内輪でやり直そう、と玉木林太郎さんがセッティングしました。
そこには、読売新聞の越前谷知子記者、日本テレビ原聡子記者がいました。
越前谷さんは、玉木林太郎さんとは特段の仲らしく、わたしは面識はありません。
一方、原聡子記者は、夫の好きな「笑点」の公開録画に誘うなどずいぶん近づいていましたが、日本テレビ社内的には担当外でした。
夫も、玉木林太郎さんから「記者会見はなくなりました」と聞いたそうです。
このとき、夫は、越前谷さんから、「記者会見がなくなったのなら、この薬を飲んで食事のあと、ゆっくり休んだら?」と言われて、渡された薬を飲みワインを一口だけ飲んだのだそうです。
夫は、ワイン好きでしたが、海外出張のときは飲まないようにしていました。
この直後、越前谷知子記者は、「おもしろいことが起こるわよ」と、複数の人に伝えていたそうです。
事件後、越前谷記者は、アメリカ勤務になり日本からは姿を消しています。
原聡子記者は、誰より先にわたしたちの自宅前に到着して夫の帰宅時にマイクを向けていました。
その後、日本テレビの花形情報番組の「バンキシャ!」のキャスターに抜擢されています。

 続く

6 5 2026-04-04 06:37:50 [画像]  [編集/削除]

話は戻ります。
ランチのあと、部屋に戻り休んでいる夫を、玉木林太郎さんが
「記者会見は、やはりやることになったので」と言って迎えに来たのです。
夫の死後、葬儀が終わったあとになってやっと現れた玉木林太郎さんは
「ホテルの部屋にお迎えに行ったとき、中川昭一大臣は酩酊状態ではなく、しっかりとしておられました。これによって中川大臣の名誉は保たれます。」
と言われました。
わたしからは
「財務省の名誉が保たれる、の間違いではないですか?」
とお応えしました。
玉木林太郎さんは、麻布高校の同級生でしたが、在学中も卒業後も全くお付き合いはありませんでした。
夫が玉木さんを認識したのは、玉木さんが在アメリカ合衆国日本大使館経済公使になられた頃です。
ワシントンで、別の経済公使から紹介されました。
夫が財務大臣に就任してから、玉木林太郎さんも国際局長へとジャンプアップし、なにかにつけて相談しているようで、いちばん近くにいた印象があります。
帰国後、予算委員会での審議の2日目の夜、自民党から慶應病院に入院するように促され、テレビのテロップで「財務大臣更迭」を知らされました。
「病室ではテレビを見ないでね」と、
高校生だった息子が、TSUTAYAで夫が大好きな映画をたくさん借りて来ました。
数ヶ月後、会見を見たのか恐る恐る尋ねると、
「見た、信じられなかった…」
そのときの夫の顔を忘れることができません。
わたしは、その後、何度も「記者会見」を見ましたが、ろれつがまわっていない夫の両脇には、篠原尚之財務官と白川日銀総裁が、何も言わず、表情をひとつ変えずに座っていたこと、テーブルにはワインが置かれていたことは、極めて不自然に思いましたし、今でも不思議でなりません。
玉木林太郎さんは、その後、財務官に昇格し、夫の死後は、
OECD事務次長へと異例の出世をして行きます。
夫に玉木林太郎さんを紹介した方もその後、民主党政権で外務事務次官に昇格しましたが、自民党に政権が戻ると、安倍総理から事実上の更迭、僅か9ヶ月で退任することになります。
安倍総理は、何かを知っていたのかも知れません。
〜〜〜〜
「自分は、アメリカから殺される」
「こどもたちを頼む」
夫が繰り返し、わたしにそう話すようになったのは、亡くなる10年ほど前からだったと、思います。
___________

 (画像参照。)

7 6 2026-04-04 06:42:39 [画像]  [編集/削除]

【一般ライブ】3/30 (月) 16:58~17:40【マンデーバスターズ】ほんこん×門田隆将×高橋洋一×Sarina
 /live/RSSDXm8LEKA?si=6ok6pCpwH44EqXkM

橋洋一 チャンネル: 1479回 中川昭一酩酊事件の真相に財務省が・・・なぜか消えた夫人のSNS
 /awhFmVN1des?si=Tks8l8Q1vw7MCKWB

【政界に激震!】中川昭一・郁子夫人が告発した「酩酊会見」の真実【近藤倫子?諸井真英?デイリーWiLL】
 live/tzts-PJ-zNE?si=U6xsXUqsXMPH3A5I


 (画像参照。)

8 7 2026-04-04 06:53:06 [画像]  [編集/削除]

 (まぁ、後々の財務省(やマスゴミなど)との関係考えたら、政権与党の立場上から、そう言わざる言わさざるを得んだろうな。)

 (画像参照。)

9 8 2026-04-04 06:56:32 [画像]  [編集/削除]

 (画像参照。)
10 9 2026-04-04 06:58:39 [画像]  [編集/削除]

 (画像参照。)