幼☆女☆王 R
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1 2011-07-05 01:04:46 [PC]

「くそ…一体どうなってる」
呟く声も鈴を鳴らすようなかわいらしい声。自分自身の声に背筋が震える思いがするが、この際これは我慢しなくてはならないだろう。少なくとも、自分の姿を鏡で見る苦痛に比べたらどうということはない。
ひらひらして動きにくい服のすそをわっしと掴み、明かりの灯る廊下を歩いていく。蝋燭のか細い光が、夜闇をいっそう深いものに見せていた。
歩きづらい靴はとうの昔に脱ぎ捨てた。式服だと言われ、着せられた法衣も当然脱ぎ捨ててきた。首元がきつかった法衣と違い、今の寝巻きは首回りと腕がずいぶんと楽だが、代わりに足元にまとわり着く。裾を掴み上げても何度か転びそうになり、ひやひやしながらここまで歩いてきたのだ。
窓にはめ込まれた硝子越しに、外の様子を伺う。
女官はここが聖域だと言っていた。自分の父親を名乗る見知らぬヒゲは神域だとも言っていた。まあそれはいいとしよう。
聞き捨てならなかったのはここが自分の居場所で、外に出てはいけないという話だった。
冗談じゃない!と絶叫が口をついて出そうであったが、話の続きを聞いてからは言葉も出なくなった。
「やはり、妃殿下によく似ておいでです」
と女官が涙をそっと拭うと
「うむ。少々険の強い目元なぞ、あれによく似ている」
とヒゲが豪快に笑う。そうして動けないでいる自分の体を抱え上げ、これ以上ないほど慈しみに満ちた表情でこう告げた。
「お前の婚約者も、洗礼が終わるまで待つと言ってくれている。健やかに育つがいい、我が娘よ」
「アルゲンスティム陛下は中央一と謳われる御方です。女性として、これ以上望むべくもない御人ですよ、姫様」
その後の話はよく覚えていない。
なにやら外に出なければ自由にしていいだの、不自由があれば申し付けくださいだの、寂しくなったらすぐ使いを出すといいだの、意味のわからないことを言い残して部屋から出て行った気がする。
つい数日前、自分の姿が自分でなくなり、自分が自分でない名前で呼ばれ、挙句姫様とまで呼ばれて混乱しつつもどうにか落ち着いてきた。
そんな中で突然降って沸いたこんな状況、到底受け入れられるものではない。
混乱するよりも先に、拒絶の感情が一瞬で浮上した。
その時の感情を思い出していると、目の前の硝子に人影が浮かんだ。

2 2011-07-05 01:06:03 [PC]

「…!」
数歩後ずさり、とっさに顔を隠す。が、何のことはない。蝋燭の灯が揺らいで自分の顔が映っただけだった。
「くそ…」
何度ついたかわからない悪態を吐き、映りこんだ自分の顔を見ないように窓を通り過ぎる。
かつては縁のなかった鏡とやらも、着替えやら何やらで嫌というほど見せ付けられた。それも変わり果てた自分の姿をである。今の自分の姿を見ると胃がひっくり返りそうになる。
「ウェルトウルルスの奴の仕業か…? それにしちゃやり口が遠まわしか」
かつての宿敵を思い出す。あの女も相当性根のねじれた呪術師だったが、こんなやり方は好まない性格だ。奴ならもっとストレートに「毒蛇に噛まれて死にますように」とかいう、実にわかりやすい呪いをかけてくるはず。
それなら、一体何が原因でこんなことに−−−
「…っと」
角に差し掛かったところで足を止める。
手燭を持った女官が二人。大扉の前で不寝番をしている。
見張りにしては妙な話だ。外からの不審者を防ぐためなら、廊下の中に立っているのはおかしい。だとすれば、見張るのは外の侵入者ではなく、
「逃がさないため、か?」
内側にいる誰かを通さないための門番に他ならない。
自然、口元が笑みの形に釣りあがる。
やっとそれらしくなってきた。
自分のうちに燻っていた炎が燃え上がるのを感じる。
今の状況にどうして陥ったのかはわからない。抜け落ちた記憶も戻っていない。
だが、聖域とやらから出て行く理由ができた。
今はそれだけでいい。それで十分だ。
「さてと」
見張りの様子を伺い、思考を巡らせる。
まずは、ここを突破する。
それ以上のことは、行動してから考えることにした。

3 2011-07-08 00:13:01 [PC]

随分昔の話だ。
かつて自分はそこで穀物を炊き、肉を焼き、魚を取り、水を飲み、そして眠った。
確かに自分はあの国に存在していた……ような気がする。
曖昧なのには理由がある。どうにも記憶が途切れ途切れなのだ。
年を取ったせいもあるかもしれない。けれどもその割りに残っている記憶の映像はいたって鮮明だ。
自分の名前もわかる。どこで生まれ、どこで育ち、どんな風に生きてきたか。思いのほか事細かに覚えていた。
だがところどころ、切り取ってしまったようにぷっつり切れた部分がある。
不自然な切れ方をしているようにも思えるが、そうだからといってどうすることもできない。
さして大事な記憶でもないから、気にしていないが。
そう思おうとして、はっとする。
記憶を走査し、先刻の結論を出した。が、やはりこの状況はおかしい。
そして何故自分がこうしてここにいるのか。この状況に至る過程、あるいは原因がさっぱりわからない。
記憶を探ってみれば、その部分が見事に抜け落ちている。断片的にではなく、完全な空白が出来上がっていたのだ。
自分のことだ。腕に物を言わせて普段から外で暴れまわっていたのはわかる。
トラブルに巻き込まれてどうにかなったのもわかる。
しかしどこをどう、どんな面倒に巻き込まれたら今に至るのか理解が及ばない。
節くれ立った指はもみじのような小さな手に変わり、丸太のようだった腕は折れそうなほど細い腕に。
上から見下ろしていた視点は今は低く、かつての自分もそうだった巨躯を今度は見上げている。
「誰…?」

4 2011-07-08 00:14:23 [PC]

鏡を見て愕然とする。
巌のような肉体は既になく、黒々とした瞳は驚きいっぱいに見開かれて自分自身を見返す。
その背後にいたほっそりとした体つきの娘が、そっと自分の肩を叩く。
「さ、姫様。聖域へ参りましょう。あまり放っておかれますと、陛下が御機嫌を損ねられますわ」
妙にしっとりとした声で促されたが、動けるわけがない。
自分の顔から−−−鏡の中の自分の、薄いピンクに染まっていた頬からさっと血の気が引くのがわかった。
職業柄、状況把握は得手としているつもりだった。
どうやらその考えはまったく甘いものだったようだ。
何故…こんなことに…。
口に出さなかったのは奇跡だっただろう。
茫然自失としたまま、鏡を見つめる自分の姿。
かつて疾風迅雷の傭兵王と呼ばれた姿はない。
鏡に映った自分は、7つにもならない子供の姿であった。


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