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1 2011-12-23 23:33:47 [PC]

数時間ほどで日付も変わるという夜も更けた頃。
深々と雪が降り注ぐ中、とある民宿の一室では張り詰めた空気が漂っていた。
都会の明かりは遠く、静かに舞い降りる白い欠片は木々にうっすらと雪化粧を施していた。部屋の明かりからわずかに見て取れる樹木の姿は美しく、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
そんな景色には目もくれず、深刻そうな顔つきでいる数名の男女。
民宿の部屋にはホワイトボードが持ち込まれ、設置されたちゃぶ台には地図が広げられている。
大きく引き伸ばされた日本地図は北の果てから南の島国まで余すところなく表記され、ところどころに赤いペンで丸が書き込まれている。
と、眼鏡をかけた男が立ち上がる。
「時間だ。最終チェックに入るぞ」
マジックペンを取り出し、日本地図を取り上げてホワイトボードに貼り付けた。
「我々の担当エリアは日本であることは既に知っていると思う。ここからさらに四等分する」
カラー地図の上に黒い線が走る。不均一に分けられた列島に、今度は名前を書き込んでいく。
「西のほうは三木。東のエリアは四谷。都心に近いほうは人数を割く。五条と六武は適宜状況を見て増援を頼む。西は豪雪だから、防寒対策は十分にしていってくれ」
部屋の一角から声が返ってくる。名を呼ばれた者たちは、支給品のポケット地図を取り出し、巡回ルートの確認に入った。
その様子を見た男は小さく頷き、北と南のエリアに名前を書き込んだ。
「南は私が担当する。北は…」

2 2011-12-23 23:34:22 [PC]

「ふぁ〜い。あたしあたし」
男が投げた視線に、ひらひらと手を振って答える女。
呼びかけに応えるなり、抱いた一升瓶を豪快に煽る。
喉が度数の高い酒をごくごくと嚥下し、すっかりアルコールが混じった吐息を満足げに吐き出した。
「ぶへぇ〜。あたし、あたしがいくのよう。えっえっ」
彼女の周囲には酒瓶が転がり、その悉くが一滴たりとも残されていない。それを飲み干したであろう彼女の着衣はすっかり乱れてしまって、滑らかな素足が惜しげもなく晒されている。もっとも、あられもない姿を恥じ入るだけの判断力は抜け落ちてしまっているようで、彼女は実に楽しげに笑っている。
男はそんな様子を引きつった表情で見つめ、ホワイトボードに書いた「双葉」という名に取り消し線を入れた。
「双葉は増援としてこの場に待機を」
「なんで!」
泥酔しながらも勢いよく立ち上がる。酔っているとは思えないほど凛々しい顔つきに戻っているが、意地汚くもまだ酒瓶を握ったままである。いまいち締まらない。
「酔いで濁った頭じゃろくすっぽ動けないだろう」
「正論だわ!それでもあたしは行きたいのよ。夢を届ける大事なお仕事なのよう」
その役目を果たす本人が飲んだくれの酔漢というのはいかがなものか、という意見は胸中にしまいこみ、男は彼女を指差す。
「そもそも、去年の仕事だって違反金払って結局何もできなかっただろうに。今じゃもっと罰則が厳しくなっているんだぞ」
「罰則金ごときではこのあたしは止められんのだわはは」
もはや罰則金ではなく懲役に直行だと説明しても無駄であろう。黙って地図上の南北に自分の名前を書き込んだ。
「七瀬、八尾、久遠寺はサポートを頼む」

3 2011-12-23 23:34:38 [PC]

部屋の片隅から返事が聞こえたと同時に、彼女の不満そうな声が上がった。
「なによう。酔っ払いには夢を届ける仕事はできないってわけ? いつからこの世はそんな世知辛い世になってしまったのよう」
「夢の配達人が泥酔したんじゃあ格好がつかんだろうに」
「夢にアルコールもしらふも関係ない!」
熱っぽく弁を振るう姿は勇ましく、仕事に誇りと責任感を持って取り組む姿勢が窺えるが、握った拳に酒瓶が付いて回るのはやはりどうしようもなかった。
とはいえ、ここにこのまま置いていったとしたら、酒瓶を振り回して大暴れする、もしくは移動手段も持たずに高所から飛び降りるなどという暴挙に出る可能性がある。
酒瓶を握った女性がそのような狼藉を働いたとあっては、彼ら配達人としての体裁とあり方を問われるという非常に不名誉な状況に陥りかねない。
「手早く行動すれば何とかなるか…」
彼女に聞こえないように一人ごち、彼はホワイトボードにもう一度名を書き込んだ。
「実際の配達業務は私が担当する。双葉はあくまでサポート言う立場で。その条件なら連れて行こう」
「やったね! さすがは一色の旦那、話がわかるぅ」
ふらふらと隣までやってきて、酒臭い息を吐きかけてくる。抱きつきかねない勢いの彼女を抱え上げ、二話に待機しているソリの荷台に放り投げた。
痛みはあったはずだが、良い具合に酒が回った彼女は上機嫌にケタケタと笑っている。彼は自分の荷物から帽子を取り出し、付け髭をつけた上で同業者たちを見回した。
「では皆、迅速かつ確実に行動してくれ。…世界で働く仲間もがんばっていることだしな」
低い声で厳かに告げた彼に答えるように、彼の仲間たちは鈴を掲げて応えた。
各々自分のソリに乗り込み、鈴を高らかに鳴らして空へと飛びたつ。それを見送ってから、彼も自身のソリへと飛び乗った。
「さあ、いくのよう旦那! 子供たちと、大人たちに夢を届けるために! ほっほー!」
「頼むから静かにしてくれ…」
鈴の代わりに酒瓶を突き上げる彼女に大きな不安を抱きながら、手綱を振るって空へと舞い上がる。
いつの間にか雪は止んでいた。
空を見上げれば月。金の真円から降り注ぐ月光を浴び、彼らは夜を駆ける。
世界中で待ち焦がれた夢と希望を、明日に届けるために。

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