中国と宗教 (コメント数:6)
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1 manolo 2013-10-04 02:42:15 [PC]
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出典:『宗教と現代がわかる本2009』平凡社、渡邊直樹責任編集、3/18/2009、(「現代中国における政治と宗教」興梠(こうろぎ)一郎)pp.94-97
1-1. 改革開放三〇年をへて、中国は貧しい共産主義の国から、GDP四位、貿易額三位、外貨準備高一位の堂々たる経済大国へと躍進した。昨年(二〇〇八年)八月には、長年の悲願であるオリンピック開催も達成した。一大スペクタクルとでもいうべき豪華な開会式は、まさに「中国の世紀」を謳歌するかのようであった。(p.92)
1-2. だが、台頭する中国に向けられた世界のまなざしは、驚嘆と不安が織り交ざったものである。一番の懸念材料は、一党支配体制だ。中国には、「経済は開放、政治は閉鎖」という二つの顔がある。平和の祭典・オリンピックの年に、チベット暴動(三月)と新疆(しんきょう)での連続爆破事件(八月)が相次いで起きたことは、その二面性をことさら際立たせることになった。いずれも、チベット仏教とイスラームという宗教、そしてチベット族とウイグル族という民族がからむ複雑な問題である。(p.92)
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2 manolo 2013-10-04 02:43:18 [PC]
1-3. 《一党支配体制下における宗教統制》 チベット暴動で、略奪や放火の被害にあった商店の約七割は、漢民族経営のものだった。民族矛盾の根深さが見てとれる。チベット自治区には、漢民族が大量に流れ込み、散見されるデータによれば、一九九八年の七万人から二〇〇〇年には一六万人に急増した。ラサの場合、すでに四割近くは漢民族が占めるという。青蔵鉄道の開通で、この流れはさらに加速する可能性がある。(p.92)
1-4. 宗教面でも亀裂が深い。チベット人が崇拝するダライ・ラマ一四世は、半世紀もインドに亡命したままで、中国共産党と和解していないのである。前回のチベット暴動(一九八〇年代末)以後、共産党は「愛国主義教育」のもと、徹底したダライ・ラマ批判を展開し、同時にチベットの開発に着手するという「アメとムチ」の政策をとってきたが、ふたたび暴動が勃発した。今回の暴動後、愛国主義教育が最強化され、チベットの共産党機関紙では、次のような批判キャンペーンが繰り広げられた。(pp.92-93)
1-5. 「僧侶を教育し、ダライの本当の姿を認識させ、仏教の比丘(びく)ではないと認識させる。ラマの衣を着て、仏教の看板を掲げ、破壊・略奪・放火行為を働き、祖国分裂の罪悪行為を働く政客だ。偽りの外観にだまされてはならない。ダライと断固闘争し、愛国主義教育を強化する」(『西蔵日報』二〇〇八年四月五日)(p.93)
1-6. 一方、新疆ウイグル自治区では、オリンピック開幕直前の八月四日、カシュガルで国境警備隊にトラックが突入し、一六名が殺害された。一〇日にも、クチャ県で武装集団によってショッピングセンターや政府機関が爆破される事件が起きている。メンバーは全員ウイグル族で、若い女性が多数参加していたという。ここでも、民族と宗教は危険な火種である。(p.93)
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3 manolo 2013-10-04 02:44:59 [PC]
1-7. チベット同様、新疆においても、宗教は厳しい国家統制下に置かれている。「新疆ウイグル自治区宗教事務管理条例」が「宗教教職人員は、中国共産党の指導と社会主義制度を擁護し、祖国統一と民族団結を守らなければならない」(第八条)と規定するように、宗教は、共産党体制を脅かす存在であってはならず、民族独立を喚起してはならないというのが揺るがぬ大原則なのである。(p.92)
1-8. したがって、「一切の宗教活動の場所は、県レベル以上の人民政府宗教事務部門に申請登録しなければならない」(同第一三条)のであり、勝手に活動することは許されない。メッカ巡礼も統制の対象であり、中央政府の「宗教事務条例」には、「聖地巡礼も、勝手に組織してはならない」(第四三条)とある。(p.93)
1-9. 一党支配体制下においては、「宗教的権威」は「政治的権威」に服従せねばならない。たとえば、ダライ・ラマ一四世は、チベットでは観音菩薩と崇められる宗教的権威であり、中国共産党という政治的権威と矛盾する。チベット自治区の共産党トップ・張慶黎(ちょうけいれい)党書記が「共産党こそが、民衆の本当の生き菩薩だ」と述べたことがあるが、これこそ政治的権威側の「本音」である。中国の最高指導者・胡錦濤党総書記も、宗教に関する談話(二〇〇七年一二月)で、「宗教界人士、信徒大衆が中国共産党の指導と社会主義制度を擁護するように努力するべきだ」と強調している。「中国共産党の指導」を受け入れることが、宗教の存在が許される大前提ということだ。(pp.93-94)
1-10. また、宗教は「国策遂行」という役割も期待されており、胡総書記は「宗教界人士と信徒大衆を、党と政府の周囲にしっかりと団結させるよう努力」し、「社会主義現代化の推進を加速するために奮闘せねばならない」と述べている。(p.94)
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4 manolo 2013-10-04 02:47:21 [PC]
1-11. 《現行の宗教政策は、大きな足かせに》 かつて、毛沢東時代の「文化大革命」では、寺院や教会が破壊され、信者が迫害されるなど、宗教は壊滅的打撃を受けた。その後、鄧小平の「改革開放政策」下で見直しが行われ、今は「宗教界と信者大衆に経済社会の発展促進における積極的作用を発揮させる」(胡総書記)という方針に変わっている。ただ、「法に従って宗教事務を管理する」「我が国の宗教界に、愛国愛教、団結進歩、社会奉仕の優良な伝統を発揮するよう激励し、彼らが民族団結、経済発展、社会調和、祖国統一に貢献することを支持する」(同総書記)という主張が示すように、あくまで共産党政権の「政治的権威」が「宗教的権威」の上に立つという原則は揺らいでおらず、それは、胡総書記の次の指示を見ても明らかだ。(p.94)
1-12. 「宗教教職人員隊伍の建設を強化すべきだ。養成、選抜、使用面に力を入れねばならない。政治面で頼りになり、学識面で造詣があり、品徳面で民衆が納得する資格のある宗教教職人員隊伍をつくらねばならない。愛国宗教団体の積極的作用を発揮させ、彼らが自己養成能力を強化できるように助け、指導し、法や規則によって、自分を管理できるようにし、信者大衆の願いを反映し、宗教界の合法的権益を擁護すべきである。」(p.94)
1-13. もっとも、こうした共産党政権の政治的思想は、民衆の信仰心とぶつかり、軋轢を生み出している。たとえば、キリスト教教会には、官製「*三自(愛国)教会」とは別に、地下教会と呼ばれる「**家庭教会」が存在するが、これは共産党にとっては脅威にほかならず、しばしば取締りの対象になるのだ。(p.94)
*三自(愛国)教会 中国政府が指導する教会。プロテスタントには、中国基督教三自愛運動委員会と中国基督教教会があり、カトリックには、中国天主教愛国会、中国天主教教務委員会、中国天主教教団がある。1949年に中華人民共和国が整理するとプロテスタントとカトリック組織は、共産党の指導下に置かれ、国外と関係を絶った。「三自」とは、自治(事務は国外の宗教団体から独立)、自養(財務は、独立)、自伝(中国本国の伝道師が布教)を示す。中国では三自(愛国)教会以外に家庭教会(地下教会)と呼ばれる非公認の教会が民間に存在する。(p,93)
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5 manolo 2013-10-04 02:49:57 [PC]
**家庭教会 三自(愛国)教会以外のキリスト教教会。中国ではプロテスタントとカトリックの教会は三自(愛国)教会に加入し、宗教事務局の管理と指導を受けるよう規定されている。それに抵抗する信者が、家庭など未登録の場所で礼拝を行っており、家庭教会(あるいは地下教会)と呼ばれている。これは非合法であり、取締りの対象になるが、地域によって対応が異なる。浙江省温州市などでは、家庭教会の勢力が強く、当局も集会を阻止しにくくなっているが、他の地方では、厳しい取り締まりが行われ、信者が身柄を拘束される事件が起きている。また名義上は三自(愛国)教会でも政府と距離を置く「独立教会」も温州市などに出現している。(p.92)
1-14. 一九九九年、浙江(せつこう)省温州市で非公認教会が取り潰され、二〇〇一年には、湖北省荊州市で「華南教会」関係者17名が有罪判決を受けたと海外で報じられている。二〇〇五年には、河南省洛陽市の「家庭協会」で集会を開いていたアメリカ人、牧師、信者が逮捕されたという。二〇〇六年にも、河北州で三自(愛国)教会に入ることを拒否したカトリック神父が逮捕されたといわれている。また、オリンピック前の二〇〇八年五月には、四川、北京、山東、吉林など各地で取締りが強化され、オリンピック後も家庭基督教会連合会会長の張明選牧師が一時拘束されたと報じられた。(pp.94-95)
1-15. イスラームに対する取締りについては、新疆ウイグル自治区で二〇〇五年、女性教師が学生にコーランを講釈したため、身柄を拘束される事件が起きている。また『ニューヨーク・タイムズ』などが報じたところによれば、同自治区では、二〇〇八年*ラマダーン期間中に宗教活動を規制する旨の政府通達が出されたという。(p.95)
*ラマダーン イスラームで断食などを行う月。ヒジュラ歴(六二二年七月一六日預言者ムハンマドがメッカからメディナへ移住したことを示し、この日が紀元となる)の第九月。期間中、教徒は日の出から日没まで、飲食、香料、性行為などを断つ。(p.95)
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6 manolo 2013-10-04 02:51:08 [PC]
1-16. 宗教統制は、中国共産党にしてみれば、「祖国統一」維持のための「国家安全」上の措置に他ならない。チベットや新疆においては、宗教が民族と結合し、独立運動を喚起する危険性を備えているとみている。また、キリスト教にしても、欧米諸国の影響下にあると見ており、宗教政策に対する海外の批判は「国家分裂をたくらむ陰謀」と位置づけられる。(p.95)
1-17. しかし、「平和的台頭」を目指す中国にとって、現行の宗教政策は、大きな足かせとなっている。カトリック教会の処遇をめぐって、バチカンと国交が樹立できないことに見られるように、統制の代価は大きい。欧米に信者が多いダライ・ラマ一四世と対立していることで、しばしば国際的な非難も受けている。(p.95)
1-18. ただ、こうした現実を認識してか、わずかながら変化の兆しは見られ、当局が家庭教会との対話や、バチカンとの関係改善を模索している気配がある。難航してはいるが、ダライ・ラマ側との接触も再開した。はたして宗教統制は終わりを告げるのか。あるいは、一党支配がされに強化されるだけなのか。今後の対応が注目されるところである。(p.95)
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