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自己決定権 (コメント数:7)

1 manolo 2013-08-05 17:36:40 [PC]


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出典『よくわかる憲法』(2006)工藤達郎編、ミネルヴァ書房

1-1. 自己決定権の意義
 「自分のことは自分で決める」という考え方は、近代市民社会を成立させる上での前提ともなった考え方です。例えば、政治の世界ではこの考え方が国民の自律による政治、すなわち民主制として表現され、社会生活においては*私的自治の原則として表現される。そして、この考え方を人権の領域で表現するのが「自己決定権」である。自己決定権は、個人がいかに生き、いかに行動するかを他人の干渉を受けずに自ら決めることを保障している。(p.40)

1-2. このような重要な意味をもつ自己決定権であるが、日本国憲法は自己決定権を個別の人権としては定めていない。これは、そもそも人権が自己決定権を当然の前提としている(たとえば表現の自由は「表現行為についての自己決定権」である)。という事情によるところが大きいが、近年、個別に設定された人権ではカバーできない自己決定の問題がクローズアップされるにしたがって、新しい人権としての自己決定権の重要性が説かれるようになってきた。こうした自己決定権は、一般に、13条の幸福追求権に含まれると考えられている。(p.40)

*私的自治の原則
 社会生活において、個人の自由な意思を尊重し、個人の意思に基づいて私法関係が形成されることを基本とする原則。近代市民社会の重要な原則であり、個人の自由な領域には国家が干渉せず、個人の意志によって社会秩序が形成されるべきことを意味している。契約の自由とほぼ同義。(p.40)

1-3. 自己決定権の内容
 自己決定権が一体どのような権利を個人に保障するかについては、幸福追求権を人格的利益説で理解するか、それとも一般的自由説で理解するかによって大きくその内容が異なる。人格的利益説に立つ場合、自己決定権の内容も「人格的生存に不可欠な事項」という基準によって限定されることになる。これに対して、一般的自由説の場合は、あらゆる生活領域における行為の自由を保障するものであるため、たとえ他人から見れば些細な自己決定であっても、その本人にとって重要であれば、それは自己決定の保障を受けることとなる。(p.40)

1-4. 自己決定の具体的内容としては①「リプロダクション(生殖活動)にかかわるもの、②生命・身体の処分に関わるもの、③ライフスタイルにかかわるものが問題になることが多い。(p.40)

2 manolo 2013-08-05 17:59:47 [PC]


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1-5. リプロダクションに関わる自己決定権
 子どもを持つか否か、もつ場合はいつもつか、といった事柄について決定する権利は、自己決定論の中心的論点であった。アメリカでは、女性が妊娠中絶する権利が自己決定権の一つとして憲法上の保障を受けることが*ロー対ウェ-ド判決以降確立している。この考え方によると、母体の健康といった重要な利益に基づかずに妊娠中絶を禁止することは違憲になる可能性が高い。

1-6. 日本の学説上も、妊娠中絶を含むリプロダクションに関わる自己決定権は個人の人格的生存に不可欠だと考える立場が多数であり、人格的利益説に立つ場合でもこれを憲法上の権利と認めることが多い。ただし、妊娠中絶が単に女性の自己決定権だけの問題にとどまるのかは慎重に考える必要があり、その意味で胎児の生命権を重視して中絶自由化立法を違憲と判断したドイツの**第一次堕胎判決が参考になるだろう。(pp.40-41)

* ロー対ウェイド判決
 テキサス州刑法の堕胎罪規定が国民の人権を保障したアメリカ合衆国憲法に違反していないかどうかが争われた事件において、1973年に連邦最高裁が下した判決。連邦最高裁は、妊娠7カ月未満での妊娠中絶を女性のプライヴァシー権に属する事項とした上で、堕胎罪規定を国民のプライヴァシー権を侵害するものと認定した。(p.41)

**第一次堕胎判決
 妊娠期間の長短や中絶の理由に拘わらず、一律に中絶を禁止していた刑法を改正して、妊娠12カ月以内の妊娠中絶を自由化しようとしたところ、この改正が胎児の生命権を侵害していないかが争われた。1975年の連邦憲法裁判所判決は、生命は人間の尊厳の不可欠の基盤であり、他のすべての基本権の前提であるとの立場をとり、中絶が常に胎児の生命を抹殺するものである以上、女性の自己決定権よりも胎児の生命権が原則として優越すると結論づけた。(p.41)

3 manolo 2013-08-05 18:49:09 [PC]

1-7. 生命・身体の処分に関わる自己決定権
 治療拒否や安楽死・尊厳死といった生命・身体の処分に関わる事柄についても自己決定権が主張される。この点、治療拒否にしろ、安楽死・尊厳死にしろ、それらについての自己決定権を認めることは、「死ぬ権利」を認めることにつながるとの観点から、批判的な見解もある。しかし、学説の多数はこれらを人間の人格的生存の根源に関わるとして、憲法上の権利と認める傾向にある。(p.41)

1-8. 治療拒否の自己決定権との関係では、とりわけエホバの証人輸血拒否事件が重要である。この事件では、自己の信ずる宗教の教義に基づいて輸血拒否をしている患者に対して、手術中に緊急の必要から輸血をした医師の行為が、患者の自己決定権を侵害しているのではないかが問題とされた。第一審の東京地裁は、患者の自己決定権と人の生命の保持という対抗関係を前提とした上で、生命の価値が優位するとの判断を下した(東京地判平成9年3月12日民集54巻2号690頁反夕964号82頁)。しかし、これに対して控訴審の東京高裁は、自殺や救急治療と言った特別な場合を除いて、患者の自己決定権が尊重されるべきと述べた(東京高判平成10年2月9日高民集51巻1号1頁)。最高裁も、自己決定権という語を避けたが、宗教上の理由から輸血拒否をする権利を人格権の一内容とみて、その優位性を認めている(最判平成12年2月29日民集54巻2号592頁)。(p.41)

1-9.安楽死・尊厳死については、これらに関わる自己決定権の憲法上の位置づけを正面から争った事例は日本では存在しない。しかし、エホバの証人輸血拒否事件控訴審判決は、尊厳死を選択する自由も自己決定権として認められるべきだと述べている。また、この種の事例の蓄積が多いアメリカでは、*カレン・アン・クインラン事件以来、一定の条件下で生命維持治療を拒否する権利が憲法上の権利(プライヴァシー権)として承認されることも参考になる。

1-10. こうした生命・身体の処分にかかわる自己決定を考える場合、とりわけ医師との関係においては、インフォームド・コンセントの法理が重要な役割を果たす。説明を十分に受けた上での同意(自己決定)というプロセスを踏んでこそ、その自己決定が尊重されるというのが、近時の有力な見解である。(p.41)

4 manolo 2013-08-05 18:49:31 [PC]


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*カレン・アン・クインラン事件
持続的な植物状態にある患者の両親が、病院に対して人工呼吸器の使用を含む通常外の治療を中止するよう要求したところ、病院側がこれを拒否したため、両親が治療打ち切りを認めるよう裁判所に訴えた事件。1976年にニュージャージー州最高裁は、生命維持治療の中止を決定する権利をプライヴァシー権の一環と位置付け、本人の意思に反して生命維持治療を継続することは許されないと判示した。(p.41)

5 manolo 2013-08-06 18:53:47 [PC]


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出典『よくわかる憲法』(2006)工藤達郎編、ミネルヴァ書房

2-1. ライフスタイルに関わる自己決定権
 髪型・服装のような身なりの問題から、飲酒・喫煙、スポーツといった嗜好・趣味の問題までを広く含むライフスタイルの自己決定権は、これを憲法上の権利として認めるか否かについて最も学説の評価が分かれる領域である。人格的利益説の場合、髪型や服装については憲法上の権利と認める傾向が強いが、それ以外の事柄は必ずしも人格的生存に不可欠とまでいえず、憲法によっては保障されないと理解する。これに対して、一般的自由説の場合は、「人格的生存に不可欠かどうか」といった基準をもたないため、こうしたライフスタイルに関わる自己決定権を広く憲法上保障されたものと見ることとなる。(p.42)

2-2. 判例は、下級審の中に、「髪型を自由に決定しうる権利は……憲法13条により保障されている」とするもの(*修徳学園高校パーマ事件)や、バイク免許取得免許の自由を13条によって根拠づけるもの(**高松高判平成2年2月19日)もあるが、全体としてライフスタイルの自己決定権を認めるのに消極的である。修徳学園高校パーマ事件最高裁判決も、この問題が私人間相互の関係に関わるものであることを理由に、私立学校の校則について「それが直接憲法の右基本権規定に違反するかどうかを論ずる余地はない」と述べ、ライフスタイルの自己決定権に言及せずに判断を下している(最判平成8年7月18日判事1599号53頁)。(p.42)

*修徳学園高パーマ事件
 私立高校の生徒が、校則に違反してパーマをかけたことなどを理由に自主退学の勧告を受け、その後勧告に従って退学したが、同勧告の違法性、パーマを禁止する校則の違法性などを主張して卒業認定を請求する訴訟を提起した。第一審の東京地裁は、髪型決定の自由を憲法13条によって保障されるものと認めたが、校則が髪型決定の自由を不当に制限するものとまでは認定しなかった。(東京地判平成3年3月21日判時1388号3頁)(p.42)

6 manolo 2013-08-06 19:11:27 [PC]

**高松高判平成2年2月19日(判時1362号44頁)
校則に違反して原付免許を取得したため、謹慎措置を受けた県立高校の生徒が、校則は単なる訓示規定であり、その違反を理由とする本件措置は違法であると主張して県に損害を求めた事案の控訴審判決。高松高裁は「憲法13条が保障する国民の私生活自由の一つとして、何人も原付免許習得をみだりに制限禁止されない」としながら、その自由の制約と学校の措置目的の間に合理的関連性があることを理由に請求を認めなかった。(p.42)

2-3. タバコ:未決拘禁者喫煙禁止訴訟
 公職選挙法違反の容疑で未決拘留中だったものが監獄内での喫煙を希望したところ、監獄法施行規則が在監者の喫煙を禁止していることを理由にこれを拒否されたため、監獄法施行規則の条項が違憲無効であると主張して国家賠償を請求した。第一審・控訴審ともに喫煙の自由が憲法により保障されるとしながらも、禁煙措置が拘禁目的の達成のために必要だとの理由から請求を棄却した。(p.43)

2-4. 最高裁は、「喫煙の自由は、憲法13条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない」と述べ、監獄内の秩序維持や拘禁目的の達成を理由として、監獄内での喫煙禁止は13条に違反しないと判示した(最判昭和45年9月16日民集24巻10号1410頁)(p.43)

2-5. 本判決は喫煙の自由を憲法上の権利であると主張するための根拠としてしばしば用いられるが、最高裁の趣旨は必ずしも明確ではない。むしろ、「含まれているとしても」という仮定法や、喫煙禁止が公共の福祉による制約として許容される点に重きがおかれていることなどから、最高裁の態度を消極的にみる見方が有力であるといえるだろう。(p.43)

7 manolo 2013-08-06 19:28:38 [PC]

2-6. その他
 酒やたばこの問題以外にライフスタイルの自己決定権が論点になった最高裁判例としては、賭博行為に関するもの(*最大判昭和25年11月22日)や、個人鑑賞目的によるわいせつ表現物の輸入に関するもの(**再判平成7年4月13日)などがある。前者は娯楽の自由を、後者は個人鑑賞目的でのわいせつ物輸入の自由をそれぞれ13条に根拠づけようとする主張がなされたが、最高裁はその主張に明確には答えていない。こうした最高裁の判決が自己決定権の内容を十分に検討せずに結論を出している点については、学説の批判が強い。(p.43)

*最大判昭和25年11月22日(刑集4巻11号2380頁)
賭場を開帳し、花札賭博を行ったため、賭博開帳図利罪に問われ有罪判決を受けた被告人が、賭博開帳図利行為は公共の福祉に反しない娯楽の自由の範囲内だと主張し、憲法13条違反などを理由に最高裁に上告した。最高裁は、賭博に関する行為を公共の福祉に反するものと位置づけ、上告を棄却した。たお、被告人は憲法13条の解釈において一般的自由説を展開したが、最高裁はこれになんらコメントしていない。(p.43)

**再判平成7年4月13日(刑集49巻4号619頁)
個人的干渉のためのポルノグラフィーを輸入しようとした者が、関税法109条の刑事罰に問われた事件。第一審で有罪となった後、控訴審(東京高判平成4年7月13日)では、個人的鑑賞の場合関税法109条が適用されないとして無罪となったため、検察官が上告した。最高裁は、国内における健全な性的風俗を実効的に維持するためには、わいせつ物の輸入を一律に規制することも13条、31条に反するものではないとした。(p.43)
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