2 manolo 2014-01-23 02:38:40 [PC]
1-2. 【2. 法は不道徳な行為を処罰すべきか:法による道徳の強制の是非】 社会には、法に規定されているといないにかかわらず、人々が道徳的に問題があると考えたり感じたりする行為がある。中でも、殺人、窃盗、放火など被害者を生み出すような行為については、およそどの社会においても「悪徳、不道徳」であると受けとめられている。そして、これらの行為については、人々のそうした道徳観を後押しするかのように、刑法によって構成要件該当行為(犯罪行為)と規定され、処罰の対象とされている。他方、時代や文化の違いによって、人々の感じ方、・受け止め方が異なる行為もある。例えば、売春や同性愛などの性道徳に関する行為があげられる。売春や同性愛行為は、特にヨーロッパを中心に、長く犯罪行為と扱われてきた。だが、19世紀から20世紀にかけて、社会の変化に伴い、人々の性風俗に関する感覚にも変化が見えはじめる。(p.88)
1-3. ○ウォルフェンドン報告 厳格な道徳観が雪どけをむかえる中、1957年、英国において、売春や同性愛行為を刑法で規制すべきか否かという問題について、ウォルフェンドン氏を中心とする委員会は、調査に基づいて意見書(ウォルフェンドン報告)を議会に提出した。その基本的立場とは、刑法の目的は「私的でない」道徳の規制であり、「私的な」道徳については処罰の対象とすべきではないというものであった。(p.88)
1-4. ○ハート対デヴリン論争 ウォルフェンドン報告に対して、厳しい非難を行ったのが、当時の裁判官P.デヴリン卿(1905-92)であった。デヴリン卿は、共通の道徳(公共道徳)こそが社会における絆であり、悪徳、不道徳とみられるものを放っておいては社会が崩壊するとして、それを未然に防ぐべく、法による規制を唱えた。だが、道徳の法的強制を説くデヴリン卿の見解に対して、そのような規制を正当化する理由は不十分であるとして批判を加えたのが、H.L.ハートである。ハートは、「私的な」不道徳の存在を認め、これをもって性急に法の処罰の対象とすることは、道徳問題において多数者専制を甘受しかねず望ましくない、と主張した。ウォルフェンドン報告やハートに見られるような、法の射程範囲を制限しようとする見解は、19世紀における自由主義的伝統を受け継いでいる。こうした彼らの思想的背景にあるのが「危害原則」と呼ばれる考え方である。(p.89)
|