どら、あたしに貸して御覧なさい (コメント数:1) |
1 Ryou 2014-02-02 12:51:50 [URL]
女 どら、あたしに貸して御覧なさい。この電話、よく聞えないのよ。(受話器を男甲より受取り)もし、もし、こちら、楠見でございますが……。もし、もし……。 この時、男乙、再び受話器を耳に当てる。男甲、元の席に帰り、また新聞を読む。 女 どうしたんだらう、ちつとも聞えないわ。間違ひか知ら……もし、もし、もし、もし……。 男乙 あゝ、やつと通じた。僕だよ……。大丈夫かい。もう一度だけね、これでおしまひだ。大将、なんにも気がついてやしまいね。 女 あ、さやうでいらつしやいますか。さあ、如何でございますか……。 男乙 話してもいゝね。もう、寝てたの? 女 どういたしまして……。 男乙 迷惑だつたら、かまはないよ。そつちから切つてくれ給へ。 女 まあ、迷惑だなんて、そんな御心配は、決して……でも……。 男乙 うん、それや無論、わかつてるよ。だから、こんなに急いでるんぢやないか。出来ることなら、一口で、なにもかも云つてしまひたいくらゐだ。僕は、君にとつて、邪魔な人間でありたくないんだ。どういふ意味でゝも、なるだけ遠くに離れてゐようと思ふんだ。しかし、僕たちの別れ方は、あんまり理想的すぎた。あんまり、美しい余韻がありすぎたんだ。眠つてゐる僕の腕から、そうつと抜け出して行つた君を、僕はまだ、夢の中で抱いてゐるんだ。可笑しい、こんな云ひ方をするのは……だが、ほんとに、さうなんだ。 |
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