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材大なれば用を為し難し

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スレッド名コメント作成者最終投稿
本当は買いたかった缶バッチ1 Ryou 2014-03-27 09:49:08 Ryou
夫の枕許に食事を運んで1 Ryou 2014-03-27 09:48:18 Ryou
九月八日死去1 Ryou 2014-03-27 09:48:00 Ryou
あたしは、いま1 Ryou 2014-03-27 09:47:38 Ryou
この十五日に放送があるの1 Ryou 2014-03-27 09:47:22 Ryou
先日はお邪魔さま1 Ryou 2014-03-27 09:46:53 Ryou
うつとりと耳を澄まして1 Ryou 2014-03-27 09:46:36 Ryou
こんな夢をみたことは1 Ryou 2014-03-27 09:46:16 Ryou
眼がさめたのは1 Ryou 2014-03-27 09:46:00 Ryou
さあ、かうなると1 Ryou 2014-03-27 09:45:36 Ryou
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1 Ryou 2014-03-27 09:49:08 [URL]

この間百貨店の手作り市で見かけた缶バッチは、とても可愛かったです。
写実的な感じの猫の顔が布に刺繍されていて、それでバッチを覆っているものでした。
黒猫や白猫の他に、ぶちになっている猫や虎猫もあり、そこで販売されているものを全部買い占めたいくらい可愛かったのですが、商品を裏返して値段を確認すると、千円と書かれていたため驚きました。
作者の手間を考えると、妥当な値段なのだと思いますが、缶バッチというと数百円くらいのイメージがあったので、千円という値段はちょっと手が出なかったのです。
子供っぽい感じの猫モチーフは多くありますが、珍しく少し落ち着いた印象の猫刺繍だったので、久しぶりに見るなり「欲しい!」と思った商品でした。
 
1 Ryou 2014-03-27 09:48:18 [URL]

 夫の枕許に食事を運んで、これから、子供と向ひ合つて、いつものやうに、保枝はつゝましい夕飯の箸をとりました。
 今日は重ね重ねいろんなことがあつた日なので、彼女は、落ちつきませんでした。しかし、なんと云つても、加部福代の死んだ知らせが、いちばん、こたへました。打ち絶えて便りもせずにゐたこの旧い友達のことが、あれこれと思ひ出されます。いつも控え目で、たゞ眼もとに勝気なところをみせてゐる、静かな少女でした。養子に来たのは、その頃たしか大学生だつたと思ふのですが、或は、大学の研究室にゐたのかも知れません。さう云へば、どんな時にも、友人の間で加部福代の話はよく出たものです。旦那さんは大学の講師で、思想的な論文を方々の雑誌に書いてゐる人だといふことを聴いたのはずいぶん前のことでした。保枝はてんでさういふものには縁のない方ですから、さつきの端書に、加部錬之介の署名があつたにしても、それが当節名義の売れてゐる評論家だといふことさへ気がつく筈はありません。たゞ、死亡通知の文句を、ちよつと変つてるな、と、思つたことは事実です。
 
1 Ryou 2014-03-27 09:48:00 [URL]

妻 福代こと去る九月八日死去いたしました。急性肺炎の手おくれが原因であります。まつたく、小生の機敏を欠いだ処置のためで、自ら慰めやうもなく、妻にもたゞ申訳なく思つてゐます。葬ひは時節柄、内輪だけですませましたが、生前特別な交誼を願つてゐました貴女へ、とりあへずご報告いたしたく、一筆認めました。なほ妻の旧友の方には、二三心覚えだけで通知はしますが、お気づきの向きへは、貴女から然るべくお伝へくださるやう願ひます。


 加部福代が死んだといふことは、すぐには信じられませんでした。住居が女学校の近所なのと、教室で席が並んでゐた関係で、保枝はわりに折々その家へ遊びに行つたことがあり、卒業後、向うはすぐに養子を迎へることになつて、その披露にも同級では自分がたつた一人招かれたのですが、それ以来、だんだん疎遠になつてしまひ、お互に訪ね会ふ機会もなく、年一度のクラス会にもかけちがつて顔を合はせたことはないのでした。終戦後、どこやらの疎開先から帰つたといふ知らせをだしぬけにもらつて、さうさう、こんな友達もゐたんだ、と、旧い記憶をよびさまされたほどです。
 
1 Ryou 2014-03-27 09:47:38 [URL]

あたしは、いま、自分のこともだけれども、ほんとは、あんたのことが気になつてしやうがないのよ。あんたは、自分で思つてゐるより、ずつと美しい。女は、自分が美しいと思ふだけ、それだけ美しくなるんぢやない? 病人は病人でそつとしておきなさい。あんたは、自分の美しさに値する運命を切り開くのがほんとよ。急がなければダメよ。
あゝ、もう時間がないわ。これから、この家の主人の友達だといふアメリカ人が、ドライヴに誘つてくれてゐるの。尻ごみは大損の元なんていふ諺なかつたかしら。では、元気を出しなさいね。旦那さまに、どうでもいゝけど、よろしく言つてちやうだい。

 保枝は、この手紙を、晩にもう一度読み直すつもりで、帯の間へはさみました。それから、思ひ出して、なにげなく、端書の方をみると、自分宛のものには違ひありませんけれども、字体にはまるで覚えがなく、おまけに、差出人は男名前です。ともかく裏を読んでみました。
 
1 Ryou 2014-03-27 09:47:22 [URL]

この十五日に放送があるの。そのため、ちよつと東京へ帰るけど、すぐまた引つ返すつもりなの。暇があつたら寄るけどあてにしないでね。放送は、カルメンを歌ふの。どうせ、あんたは聴きつこないんだから、言ふ必要はないけれど。
あたし、こないだの話、ほんとに実行してよ。もう、そのつもりで、相手を物色してるの。これと目をつけたら、もうこつちのもんだわ。筋書どほりに、ぐんぐん事を運んでみせるわ。グラン・タムールの条件をあたし数へてみたの。その話、一度あんたとしたいわ。こんな話、ちやらつぽこの相手としても面白くないからね。
ほら、いつかあんたに話したこともあるでせう。自分で志願して、以前、あたしの伴奏をずつとしてゐた男のことさ。金谷秀太つていふの。それが死んだものとばかり思つてたら、まだ生きてたんですつて。この間あたしのリサイタルで、たしかに見かけたつていふひとがゐるの。二階の隅で、ぢつと聴いてたんですつて、間違ひかもしれないわ。でも、ちよつと変な気がするの。
 
1 Ryou 2014-03-27 09:46:53 [URL]

先日はお邪魔さま、ちかごろあんなに夢中になつておしやべりしたことないわ。でも、あたしが何言つたか、あんたがなんて答へたか、みんなはつきり覚えてるの。あれから、急に思ひ立つて軽井沢の友達の別荘へ来てしまつたわ。来てよかつたと思つた。いろんな空想ができるの。浅間が煙を吐いてゐたり、すゝきの原に雨が降つたり、夏の最後のバラが咲いてゐたりするんだもの。あたしは物を考へるのが苦手で、考へたことはすぐに出来なくつちやいやなの。だから、出来さうもないことは考へないことにしてるのよ。あたしには、偶像みたいなものはないの。だから、恋愛の相手も行きあたりばつたりで、その場限りみたいになつてしまふの。それがいけないのか知ら。でも、あんたはやつぱりどうかしなけれやいけないわ。今のまゝぢやあんまり意味ないわ。だから、あんたに、きつと、出来さうもないことばかり、わざわざ考へるやうになるのよ。はじめから出来つこないなんてきめておいて、そのことをもし出来たらつて空想するのが、あんたの楽しみになつてやしない? さういふところがありさうだわ。そんなの、あたし大反対だわ。
 
1 Ryou 2014-03-27 09:46:36 [URL]

 うつとりと耳を澄ましてゐる夫の方へ、彼女は、時々、一瞥を投げました。横向きの静かな顔ですが、瞼がなによりも深い陶酔を語つてゐます。
 曲が終ると、夫の卯吉は、独語のやうに呟きました。
「おれは大庭常子をちよつと見直したよ。おれがいままで持つてゐた女の概念にあてはまらないところにある。しかし、やつぱり女だ。類のない女だ」
 保枝は、その言葉をたしかに耳にはさんだのですが、そのまま勝手の方へ来てしまひました。ぐつと胸につかへるものがありました。なにか黙つてはゐられない、反撥を感じさせられる言葉でしたが、ガスが思ふやうに出ないのに気をとられて、ついそのことは忘れてしまつたのです。
 ところが、夕食の時間に、子供を探しに門口へ出ようとすると、一枚の端書と一通の封書とがそこへ投げこんであるのをみつけ、急いで拾ひあげると、封書の方の差出人は大庭常子で、長野県軽井沢間島様方としてあります。「おや」と思ひながらその場で封を切つて、書簡箋五六枚に例の悪筆で乱暴に書きとばした文句を、ざつと読み通しました。
 
1 Ryou 2014-03-27 09:46:16 [URL]

 彼女は、こんな夢をみたことは、生れてはじめてです。なんといふ変な後味でせう。罪の意識に似て、それともいくぶんちがひます。心に覚えのない夢をみせる悪戯らな神を、彼女は憎みました。
 それから二、三日たつて、明るく晴れた午後のこと、夫に聴かせるつもりで、ちようど音楽の時間にラジオをかけてみました。
「おい、聴いてるかい? なにしてるの?」
 夫が叫ぶ声に、台所から急いで来てみると、
「あれ、大庭常子だよ」
 なるほど、それに違ひありません。カルメンを歌つてゐるのです。
「チキシヨウ! うめえなあ」
と、夫は感嘆の声をもらします。あまり音楽のことはわからぬ筈なのに、いやにわかつたやうなことを云ふので、彼女は、はじめちよつとをかしい気がしましたけれど、聴いてゐるうちに、これも上手下手のうちにはいるのか、大庭常子のカルメンは、なにか迫るやうな不思議な声の調子で全身をぞくぞくさせます。
 
1 Ryou 2014-03-27 09:46:00 [URL]

 眼がさめたのは何時ごろでせう、彼女は、頭にも、胸にも、腰にさへも、うつすらと汗をかいてゐました。夢をみたのです。伏見菊人と、夫の卯吉とが、何か言ひ争つて、その揚句、伏見が寝てゐる夫の上に馬乗りになつて、その首を締めようとしたのです。彼女は、なにか叫んで、伏見の肩に縋りつきました。伏見は彼女を片手に抱きながら、夫から離れました。夫の眼は怒りに燃えてゐるやうでもあり、絶生の悲しみをたゝえてゐるやうでもあります。彼女は、伏見を押しのけるため、必死の努力をします。しかし、なんの甲斐もありません。第一に、彼女の全身からは、まつたく力がぬけきつてゐるのです。押すことも引くことも、どうすることもできません。そのうへ、からだには、重みがちつともないのに気がつきます。浮きあがるやうな気持です。これではいけないと焦ります。夫は、もう、そこにはゐません。ゐるかも知れないけれども、自分には見えないのだといふ気がします。伏見の顔も、うしろになつてゐて見えません。たゞ、頸筋に激しい呼吸づかいが感じられるだけです。気が遠くなりました。そして、はつと、眼がさめたのです。
 
1 Ryou 2014-03-27 09:45:36 [URL]

 さあ、かうなると、問題が微妙になります。病床にゐる夫を中心とした根本一家への同情と解してしまへば事は簡単なのに、それを彼女は平然と飛び越えて、わざわざ免倒な疑問へ自分を引きずり込んでゐるのです。それは結局、「自分といふ家内がゐなくても、はたして、伏見菊人は、たゞ妹を介しての因縁だけで、これほど親身になつてくれたであらうか」です。もつと突つ込んで云へば、――「伏見がこれほどまでに何もかも世話を焼いてくれるのは、たゞ、自分といふ一個の女性、人妻であるなしは別として、たゞ、女である自分に、よく思はれたいためではなからうか?」といふことです。
 保枝は、はつきりこゝまでは考へませんでしたけれども、頭のなかで、いや、むしろ胸の奥で、伏見菊人の自分に対するある種の特別な感情を、かすかながら想像しないではゐられませんでした。意味ありげないろいろな言葉のはしばし、無理な註文をおいそれと引きうける、あの気軽さのなかにのぞかせる争へぬ満悦、時として、不用意に自分の横顔に注いでゐるあの熱い瞳……彼女は、急に、夜具の襟に顔を埋めて、自分のはしたない妄想を追い払はうとしました。
 
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