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材大なれば用を為し難し

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身振りはどうかといふに1 Ryou 2014-02-01 17:53:13 Ryou
すると、伯爵は1 Ryou 2014-01-25 11:32:56 Ryou
うん、矛盾だらけさ1 Ryou 2014-01-25 11:32:39 Ryou
あゝ、顧問といふことには1 Ryou 2014-01-25 11:32:23 Ryou
僕も、こゝへかういふ話を1 Ryou 2014-01-25 11:32:00 Ryou
ほゝう、それやご苦労でした1 Ryou 2014-01-25 11:31:37 Ryou
いえ、只今、ちやうど1 Ryou 2014-01-25 11:31:12 Ryou
大きくうなづいて1 Ryou 2014-01-25 11:30:52 Ryou
でも、そんなことに1 Ryou 2014-01-25 11:30:33 Ryou
僕、先月限りで1 Ryou 2014-01-25 11:30:09 Ryou
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1 Ryou 2014-02-01 17:53:13 [URL]

「身振りはどうかといふに、これは自ら言葉に従ふものである。」
「身振りや態度に変化を与へようとする幼稚な苦心ほど、まことに演劇の言葉から遠いものはない。」
「演劇の所作は時の法則に従ひ、その真実が表現されるのは継起のうちにおいてであつて、個々の部分においてではない。」
「拙劣な演劇に於いては、窮極に於ける道徳の勝利によつて、文体の欠如が救はれてゐるといふことさへできよう。」
 大分長くなつたから、これくらゐで引用は止めるが、要するに、当代の二大頭脳、ヴァレリイとアランの断言を信じるとしたならば、われわれは演劇の本質を、「舞台の制約によつて高められた生命ある幻象の発展的な律動」と解して差支なからう。
 さう考へて来ると、これまで舞台で観、活字として読んだいろいろな戯曲が顔に浮んで来る。それらの魅力――文学的にしろ、舞台的にしろ――の悉く、「劇的」と名づくべき魅力の一切は、時間と空間の「約束」に支配されるところから生れてゐることがわかる。作者の努力は、ある障壁にぶつかつて、想像の範囲を拡大し、そこに捉へられた幻象は異常な閃きと高さを示す。また、その感覚は、ある限られた境界の中で、鋭く顫へ、ぴんと張り切つてゐることを感じさせる。殊に、突発的に盛り上る「生彩に富んだ場面」は、殆んど常に、作者の思考から自然に生れたものではなく、実に、作者自身が、舞台にある「変化」を与へる必要に迫られ、即ち、「制約」の命ずるところに従つて、なんとかその瞬間の「調子」を決定しなければならぬ羽目に陥つた場合に、堆積の奥深く眠つてゐた「経験」の一つが、救ひの如く現はれた、その結果なのである。この幻象を捉へ得るか得ないか、しかも、かくの如き「経験」が蓄へられてゐるかどうかは、一に、その作者の稟質と才能によるのであらう。が、「束縛なき文体」に於ては、決して浮び出ない幻象が、「制約」の中に進展する律動に促されて、「奇蹟的に」発見されるといふ事実は、韻文の「言葉」に於ける如く、戯曲に於ても、亦常に真理である。
 俳優の演技、演出者の工夫も亦、この法則を破ることはできない。(一九三五・三)
 
1 Ryou 2014-01-25 11:32:56 [URL]

 すると、伯爵は、急に語調をあらため、
「あ、さう。ではまた……。近頃、大沼先生もお変りはないかな? お会ひになつたらよろしくどうか……」
 さう云ひすてゝ、さつさと奥へ引つ込んでしまつた。
「どうもをかしい。僕はこんなことを云ひに来たんぢやないんだ。曾根部落の青年たちは、泰平郷の無産インテリ階級の若い女のひとたちに対して、想像以上の反感を抱いてゐるつていふことを、あの事業の中心になつてゐる人の耳に入れておきたかつたんです。彼等は、泰平郷の別荘人種を決してブルジヨアだとは思つてゐないんだ。却つてブルジヨアでもないくせにといふ軽蔑を交へた敵意が、僕には特に強く感じられて、はゝあ、そんなもんかなと思ひました。なかなかややつこしいでせう?」
 また素子と二人きりになつた気安さで、彼はそのまゝ喋りつゞけた。
 
1 Ryou 2014-01-25 11:32:39 [URL]

「うん、矛盾だらけさ。第一、そんな抗議がなにになるといふんだ。われわれに向つてさうして肩を怒らしてるひまにだ、彼等は、もつと眼に見えん力で、予想もしない方向へ押し流されつゝあるんだ」
 伯爵は、さう云ひながら、消えた葉巻に火をつけようとしてあたりを探してゐる。素子はすかさずマツチを擦つた。
「いや、僕の云ふ意味はそれと違ふんですが……」
 幾島は、ふと眉を寄せて、素子の動作に見入つた。小さな炎をつまんで、白く浮く素子の華奢な手が、それに近づく伯爵の膏ぎつた顔の下で静かにふるへてゐるやうに見えた。
「するとまあ、結局、どういふことになりますかねえ?」
 煙のなかで伯爵の物憂げな声がした。
 ――どうなるものか!
 と、幾島は苦つぽく、心の中で云つた。そして、もう起ち上る身構へで、
「いや、この問題はもう少し考へてみます。僕はなにか勘違ひをしてゐたかも知れません。失礼しました」
 
1 Ryou 2014-01-25 11:32:23 [URL]

「あゝ、顧問といふことにはなつてゐますが、その委員会はまだ一度も開かれたことはないんでね。委員長以下、名前は並んでゐるけれども、まだ土地の契約だけで家を建てゝゐない人もあるくらゐなんだ」
 伯爵はひとりでに答弁をさせられてゐる。
「なるほど、よくわかりました。村の青年たちは泰平郷建設の事業といふものを、宣伝通りに解してゐるんです。つまり、都会に於ける無産知識階級の夏季保健道場が、立花伯爵始め有力な名士の後援で出来上るのだと信じてゐるんです。従つて、最初は相当の期待を以て、この企てを歓迎するやうな気持でゐたんださうですが、いざ、現実にそれがだんだん形をとりだすと、自分たちの期待したものとは遥に違い、軽佻浮薄な都会色の誇示が全部だつたと云ふんです」
「彼等は恐らく避暑地らしい避暑地といふものを知るまいからね」
 と、伯爵は薄笑ひを浮べた。
「しかし、僕の感じたところでは、ちよつとそこに面白い矛盾があるやうなんですが、……」
 
1 Ryou 2014-01-25 11:32:00 [URL]

「僕も、こゝへかういふ話を持ち込んで来たのは或は筋道を間違へてゐたかも知れませんが、しかし、問題は決して事務的に解決はできないんです。向うの要求は具体的になつて来ましたが、その精神に応へるものは、やはりこつちの精神です。いつたい、泰平郷の精神的中心といふのは何処にあるんですか?」
 幾島の、この唐突な、しかも、勢ひ込んだ問ひを真向に浴びて、伯爵は、ふと、我れに返つたやうに、
「さあ、どこにあるか? 斎木君」
 と、また女秘書の助太刀を求めるのであつた。
 素子は、さういふ時、うかつに口を開かうとしない。伯爵は、しかたがなしに、
「それやまあ、泰平郷建設事務を指導する委員会といふものがある。これは云はばあそこに家を持つてゐる連中の協議機関です」
「あなたが顧問をしてをられるのはそれですね?」
 と、幾島は鮮やかに切り込んだ。
 
1 Ryou 2014-01-25 11:31:37 [URL]

「ほゝう、それやご苦労でした。しかし、あの問題はね、僕は実は迷惑しとるんでね。この間も、あそこの経営を委せてある田沢といふ男に会つたから、うるさい問題をこつちへ持ち込まんやうにしてくれ、さもなけれや、僕はあの別荘へはもう行かん、と云つてやつたんだ。すると、――いや、もうあの問題はとうに片づいた。一部の青年がぐづぐづ云ひよるのは、あれやつまり、農村のインテリといふ新興階級の幼稚な示威運動だ。相手にせんでえゝ、と、まあかう云ふんだがね。こゝのところは、しかし、いろいろ立場によつて意見も違ふだらう。で、君の今度のお骨折りはどういふ形で表面に表はれて来るかな? 僕はもうどんなことがあつても口は出さんつもりだが、参考のために伺つといてもよからう、なあ、斎木君」
 と、伯爵は、妙なところで女秘書の同意を求めた。
 
1 Ryou 2014-01-25 11:31:12 [URL]

「いえ、只今、ちやうど、あたくし伺はうと思つてをりましたの」
 と、素子は弁解するやうに云つた。
「はあ、お差支なければ、ちよつと……」
 幾島もこゝで伯爵の方へ向き直つた。
「まだ詳しいことは伺つてをりませんのですけれど、なんでも山の水源地の問題で、わざわざあちらへおいでくだすつたんださうでございます」
 彼女がそれだけ云ふのを待つて、幾島は、あとを続けた――
「差出がましいとは思ひましたが、この夏、あの会見に立会はせていただいた関係もありますし、問題の性質上、僕がひとつ第三者として、最も合理的に解決の道を探し出してみようといふ気を起したんです。もちろん、僕はまだ自分の経験にも技術にも頼ることはできませんが、この問題に限つて、えらく、自分の常識と熱情とが物を言ふだらうといふ風に、ひそかに信じてゐました。一方で、お前の出る幕ぢやないつていふ声は、しきりに耳のそばで聞えてゐるんです。しかし、今度といふ今度は、なにか知ら大きな力にぐんぐん押されて、そんな声は問題ぢやなく、ごく自然に、起ち上ることは起ち上りました。そして、結果は、だいたい、僕としては満足なんです」
 
1 Ryou 2014-01-25 11:30:52 [URL]

 大きくうなづいて、素子は、相手の燃えあがる瞳の輝きを、自分の瞳のなかに感じてゐた。
「山へは何時いらしつたの?」
 と、彼女は静かに訊ねた。
「えゝと、二度行つたんですが、最初は、この月はじめでした。二度目の時は、あそこから峠を越えて、軽井沢の方を廻つて来ましたよ。もう木の葉がすつかり落ちて、満目蕭条といふ眺めでしたけれども、いゝお天気で……」
「あら、ずるいわ……」
「曾根の青年諸君が二人、峠まで道案内をしてくれました」
「意気投合ね、すつかり?」
「まあ、そこまではね。しかし、その後はどういふことになるかわかりません。僕は、わざと向うの事務所の人には何もいはずに来ました。これが結局、事を面倒にしてるんですから……」
 扉をノツクするものがあるので、二人は一斉にそちらを見た。素子は、返事をする代りに起つて行つた。が、出会ひがしらに扉が開いて、伯爵の姿がにゆつとそこへ現れた。
「あら……」
 と、素子は、ちよつと困つた風であつた。
 幾島は、席を離れて、もぢもぢした。
「なんだ、君か……うん……幾島君だつたな。まあ、まあ、掛けたまへ……。さうか……。僕に用はないの?」
 
1 Ryou 2014-01-25 11:30:33 [URL]

「でも、そんなことに係り合つてらしつちや大へんぢやない?」
 素子は、たゞ幾島の一本気に不安を感じないわけにいかなかつた。
「いや、ところが、かういふ風にぶつかつて行くと、そんな係り合ひなんていふことぢやなくなつて来るんです。僕、今迄、こんなに全身的に生き甲斐を感じたことはないですよ」
「あらあら、そんなに……ぢや、あなたは政治か社会運動の方へ行く方だつたんだわ」
「いや、いや、さういふこととは違ひますね。僕はやつぱり学問が好きです。それも直接応用の利かないやうな学問、まあ、早い話が、植物学のなかでも分布学つていふやうなものをやつてませう。これは、僕の本質的な傾向なんです。しかし、一方で、人間としての、或は、日本人としての、現代に処する生き方といふ問題があります。これは、学問なら学問の領域で、自分が担当してゐる部分を如何に育て上げるかといふことと混合してはならないと思ひます。僕は第一に、植物学者の資格で役所の雑用などしてゐては駄目だと思ひました。その次に、僕は、自分を駆りたてる熱情の方向へ、躊躇せずに足を踏み出さうと決心しました」
「………」
 
1 Ryou 2014-01-25 11:30:09 [URL]

「僕、先月限りで勤めをやめました。それから、いつかの話、きつぱり断りました。なにもかもやり直しです。見ててください。やつとこれで、僕にも、自分の力つていふものがわかつて来ました」
 幾島は努めて落ちつかうとしてゐる。それはよくわかつた。事実、言葉の調子は、おのづから強く弾みがあるやうなところはあつたけれども、それを一方で抑へ抑へしてゐる様子が、なにか懺悔でもしてゐるやうなかたちであつた。
「あら、だしぬけにそんなことおつしやつたつて、あたくしにはよく呑み込めないんですけれど……」
 と、素子は、知らず識らずある感動のなかに引ずり込まれて、もう声が上ずつてゐた。
「えゝ、それやさうかも知れません。ですから、それは追々わかつていただけばいゝんです。とにかく、今日は、僕の最初の仕事として、例の泰平郷の水源地の問題ですね、あれを曾根部落の青年たちと話し合つてみたんです。大体、解決の見透しがついたんですが、それについて、是非、僕から伯爵のご意見を伺つておきたいと思つて……」
 さう云ひながら、幾島は額の汗を拭いた。
 素子は、なにかまだ腑に落ちないところはあるけれども、相手の真剣な態度と、明瞭な言葉とを疑ふことはできなかつた。
 
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