材大なれば用を為し難し

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僕、先月限りで (コメント数:1)

1 Ryou 2014-01-25 11:30:09 [URL]

「僕、先月限りで勤めをやめました。それから、いつかの話、きつぱり断りました。なにもかもやり直しです。見ててください。やつとこれで、僕にも、自分の力つていふものがわかつて来ました」
 幾島は努めて落ちつかうとしてゐる。それはよくわかつた。事実、言葉の調子は、おのづから強く弾みがあるやうなところはあつたけれども、それを一方で抑へ抑へしてゐる様子が、なにか懺悔でもしてゐるやうなかたちであつた。
「あら、だしぬけにそんなことおつしやつたつて、あたくしにはよく呑み込めないんですけれど……」
 と、素子は、知らず識らずある感動のなかに引ずり込まれて、もう声が上ずつてゐた。
「えゝ、それやさうかも知れません。ですから、それは追々わかつていただけばいゝんです。とにかく、今日は、僕の最初の仕事として、例の泰平郷の水源地の問題ですね、あれを曾根部落の青年たちと話し合つてみたんです。大体、解決の見透しがついたんですが、それについて、是非、僕から伯爵のご意見を伺つておきたいと思つて……」
 さう云ひながら、幾島は額の汗を拭いた。
 素子は、なにかまだ腑に落ちないところはあるけれども、相手の真剣な態度と、明瞭な言葉とを疑ふことはできなかつた。
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