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材大なれば用を為し難し

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居眠りをしはじめる1 Ryou 2014-03-23 00:07:41 Ryou
お察しの通り……1 Ryou 2014-02-17 16:22:15 Ryou
黒い煙を吐いて1 Ryou 2014-02-17 16:21:39 Ryou
そんなことをおつしやると1 Ryou 2014-02-17 16:21:21 Ryou
ほかの見送人をごらんなさい。1 Ryou 2014-02-17 16:20:59 Ryou
(煙草の煙を大きく吐き)1 Ryou 2014-02-17 16:20:37 Ryou
この小屋は、1 Ryou 2014-02-17 16:20:10 Ryou
ヴィユウ・コロンビエ1 Ryou 2014-02-17 16:19:57 Ryou
いつも親切に1 Ryou 2014-02-17 16:19:33 Ryou
「あジュウヴェ……」1 Ryou 2014-02-17 16:19:17 Ryou
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1 Ryou 2014-03-23 00:07:41 [URL]

文六  (居眠りをしはじめる)
おせい  あんた、風邪を引きますよ。
文六  (夢現にて)おれは、何んにも悪いことをした覚えはない。
おせい  ねえ、あたし一人、ほうつといちや、いやですよ。
文六  うん……? いま、すぐだよ。
おせい  あんたつてば……なんて呑気な人でせうね。居眠りなんかしてる場合ですか。
文六  うん……お前にはいろ/\苦労をかけたよ。


(遠くから、今度は三味線と太鼓、笛などの囃子が聞えて来る。それがだん/\近づくと、白幕に、三味線を弾くもの、太鼓を叩くもの、笛を吹くもの、扇子をかゝげて舞ひ歩くものなどの影が遠くまた近く映る)


おせい  あんた。
文六  (答へない)


(囃子遠ざかり、人々去る。間。突然、二つの人影が現はれる。両方とも刃物を振り上げて、身構へる。時計が十一時。おせい、驚いて、文六の傍に身を寄せる。立廻りが始まる)


おせい  (悸えて)あんた、いよ/\時間ですよ、もう……。
文六  (答へない)


(一つの影が、もう一つの影に触れたと思ふと、一方が、ばつたり倒れる。おせい、文六の肩に顔を押しあてる。一つの影、走り去る。遠くで、人を呼ぶ声)

――幕――
 
1 Ryou 2014-02-17 16:22:15 [URL]

男  お察しの通り……。
   そこで
   僕は
   あなたに聞かせるつもりで
   親しい友人を送る
   感動に満ちた言葉を探しました。
女  なんておつしやつたの。
   あたくし
   聴いてゐませんでしたわ。
男  よろしい。
   今、それを云つたつて
   なんにもならないから
   繰り返しますまい。
   兎に角、僕は
   船が見えなくなるまで
   ただ一人
   桟橋に立つてゐました。
女  あたくしが
   このホテルにゐるつていふことを
   誰におききになつて……。
男  昨夜、このホテルへ泊られたことを知つてゐました。
女  油断のならない方ね。
   あなたも
   今晩、お発ちになるんですの。
男  お指図に従ひます。
女  夕食を御一緒にいたしませうか。
男  望外の仕合せです。
 
1 Ryou 2014-02-17 16:21:39 [URL]

   黒い煙を吐いて
   悠然と
   出帆の時間を待つてゐる伏見丸の
   あの白い船室をバツクに
   あなた方お二人の姿を
   ふと見かけた瞬間
   僕は、もう
   喉がつまつて
   「やあ」といふ声も出ませんでした。
   それは
   この世で見る
   最も悲壮な光景の一つです。
   僕は
   自分でも可笑しいほどぎごちない手つきで
   先生の手を握りました。
   そして
   あなたに、
   頗る曖昧なお世辞を云ひました。
女  (笑ひながら)
   ――どうです
   僕たちも一緒に
   独逸へ行きませうかつて……。
男  そんなに笑はないで下さい。
   僕も軍人です。
   こんな商人服は著てゐても
   心まで武装を解いてはゐません。
   あなたのお眼に
   悲しみの色を深く読むほど
   僕は
   自分のうちに
   冷やかな力を感じた筈です。
   それがどうです。
   常よりも一層明るい
   常よりも一層落ちついた
   あなたの態度です。
   まごついたのは僕です。
女  「物足りないのは僕です」とおつしやい。
 
1 Ryou 2014-02-17 16:21:21 [URL]

男  そんなことをおつしやると
   僕、手紙で云つてやりますよ。
   ――君の細君はけしからんぜ。
   一人で寂しく
   君の帰りを待つてゐると思ふと
   それこそ大間違ひだ。
   あの調子だと
   どんなことをしでかすかわからん……。
女  さうすれば
   第一に
   あなたが変だと思はれるだけですわ。
   男の方で
   一番、あたくしと
   親しい口の利き方をなさるのは
   あなたですもの。
   今日、船が出る前に
   あなたには聞えないやうに
   かう云ふんですのよ。
   ――今晩、東京へ帰るんだよつて……。
男  それがなんの証拠になります。
   さう云へば
   あん時、先生
   僕を喫煙室の隅へ呼んで
   家内をよろしく頼むつて云ひましたよ。
   はるばる神戸まで送つて来た
   唯一人の友人として
   それくらゐ
   信用されてもいい筈です。
   奥さん……
   あなたは
   ほんたうに、どうもないんですか。
   実を云ふと
   僕は、今日
   或る重大な役目を果すつもりで
   非常に意気込んで
   あの桟橋へ出かけて行つたんです。
 
1 Ryou 2014-02-17 16:20:59 [URL]

男  ほかの見送人をごらんなさい。
   女の人で
   泣いてゐなかつたのは
   あなた一人ぐらゐのものです。
   流石は武士の妻だと
   昔なら感心するところでせうが
   今は万事
   西洋風の世の中です。
   あなたは殊に
   われわれ仲間の細君としては
   ハイカラな奥さんで通つてゐる。
   見送人下船の合図で
   涙ながらに
   御主人とお別れのキツスをされても
   一向不思議とは思はんです。
女  あたくし、あの時は
   こんなことを考へてゐましたのよ。
   ――さあ、これでいよいよ自由になつた。
   三年間は誰に遠慮もなく
   勝手に羽根が伸ばされる。
   外へ出ても
   夕御飯を支度をしに帰る世話もなく
   帯を一本買ふのにも
   相談をする面倒がない。
   あの船が
   何かの故障で
   また後戻りをしなければいいがなんて……。
 
1 Ryou 2014-02-17 16:20:37 [URL]

男  (煙草の煙を大きく吐き)
   たうとう日が暮れました。
   あの船では、もう夕食の鐘を鳴らしてゐるでせう。
   瀬戸内海の島々に灯が点く頃
   日本を離れる人たちの胸は
   一斉に締めつけられるのです。
女  (遠くを見つめながら)
   でも、あの人は甲板の上で
   あんなに笑つてゐましたわ。
男  僕は、あなたのお顔ばかり見てゐました。
   あなたがお泣きになるところを
   一度見て置きたかつたのです。
女  お気の毒さま……。
   潮風が眼にしみて、
   いくらか涙ぐんでゐるやうに見えたかも知れません。
   それに、あのまぶしい海の光……
   ぢつと眼をあけてゐるのさへ苦しいほどでした。
   泣くものですか。そんな……。
男  テープが切れると
   あなたは袂からハンケチを出して
   振るでもなく、振らぬでもなく
   それを肩のへんで弄んでおいででした。
女  あの人だつて
   帽子をぬいだまま
   ぢつとこつちを見てゐるだけなんですもの……。
 
1 Ryou 2014-02-17 16:20:10 [URL]

この小屋は、もうわれわれを育てない、といふわけである。その後のコポオの消息は比較的わが国にも知られてゐるが、私がここで、ヴィユウ・コロンビエの運動が、第一次大戦をはさんで、単にフランス劇の伝統に生命を与へたばかりでなく、欧米を通じての最もオオソドックスな演劇革新の烽火となつたわけは、決して、一コポオの才能と着眼と努力と、ただそれだけの賜ではなく、実は、彼をメンバアの一人とし、彼の事業に声援と支持を与へ、常に清新溌剌たる美の息吹を彼の演劇活動の上に送つた「新フランス評論」による文学グルウプがあつたからである。
 ジイド、ロマン、デュアメル、デュ・ガアル、ヴィルドラックなどは、いづれも、ヴィユウ・コロンビエのために、はじめて戯曲の筆をとり、いづれもその舞台で初演された。このことは、フランス文学史並びに演劇史にとつて、極めて重大な意味深き出来事であつて、ヴィユウ・コロンビエをはじめ、多くの新劇団体が、その時代の優秀な文学者、芸術家をその周囲に集めてゐたといふことが、現代フランス演劇の、みのりゆたかな原因であるばかりでなく、演劇自体が他の芸術領域に及ぼす影響をも、そこに見落すことはできないのである。
 
1 Ryou 2014-02-17 16:19:57 [URL]

 これはヴィユウ・コロンビエではないが、同じく私が楽屋に出入を許されてゐたピトエフ一座の、名も無き一青年俳優、しよぼしよぼと、見すぼらしい風体を、稽古がすむごとに、私を誘つて附近の安カフェーのテラスに運んだミシェル・シモンが、いつの間にか、あの奇怪な風貌にふさはしい、重量のあるユニックな演技によつて、堂々、名優の貫禄を示してゐることも、私にとつては、感慨無量であつた。
 ヴィユウ・コロンビエ座は、私の帰朝直前、解散の止むなきに至つた。コポオの言ふところによれば、このまま経営をつづけると、既に家庭をもつた座員の生活が苦しくなるばかりだ。座員の生活をまづまづ保護するためには、少くとも千人の観客席を必要とする。
 
1 Ryou 2014-02-17 16:19:33 [URL]

 いつも親切に私のめんだうをみてくれたバケエは、すぐに「ルリュ爺さん」の役をふられて、同僚のビング嬢と面白い舞台をみせてくれたが、ジュウヴェ、テシエなどのすぐ後に続き、この一座の中堅俳優として活躍してゐた。
 しかし、私が日本へ帰つてから、しばらくたつて、最も胸をうたれたのは、つぎつぎに紹介されるフランス映画のなかで、私がかつて親しく舞台裏で言葉を交へたことのある俳優が、それらの画面に出て来るばかりでなく、ジュウヴェの如きは既に巨大な存在となり、また、当時、海のものとも山のものともわからぬながら、偶然に机を並べて講義を聴き、あるひは、稽古場の一隅で困難な芝居の仕事について語り合つた関係で、その名と顔とを覚えてゐたにすぎぬ若手俳優や研究生のうちから、ともかく今日、映画を通じてみて、その天分が豊かに伸び育ち、押しも押されもせぬ立派な女優になつてゐるリイヌ・ノロの如きを発見したその瞬間である。
 
1 Ryou 2014-02-17 16:19:17 [URL]

「あジュウヴェ……」
と、コポオはその男の名を呼び、
「この青年は、はるばる日本からフランスの芝居を勉強しに来たんださうだ。稽古もみたいといふから、舞台のことを説明してやつてくれ」
 さう言つて、私がゐるのをもう忘れてしまつたやうに、この二人の師弟関係にある芸術家は、「ルリュ爺さん」の装置について、簡単に、二言三言、意見を述べあひ、ジュウヴェが出て行くと、入れ代りに、今度ははつきりそれと覚えてゐる「商船テナシティイ」に出てゐたバケエがひよつこりはいつて来た。
「おい、バケエ……」
と、コポオは、また、ジュウヴェにしたやうに私を引き合せ、
「お前はこの青年の希望をよく聞き、疑問に答へ、できるだけの便宜を計つてやれ。学校の方も、特に、普通の生徒としての取扱ひでなく、学校の組織、それから教育方法などについて研究のできるやうにしてやれ」
 そして、私には、
「このバケエが学校の教務主任をしてゐるから」
とつけ足した。
 それ以来、ざつと二年間私は、ヴィユウ・コロンビエの稽古を見つづけ、学校の各クラスに顔を出し、時には、一座の俳優や生徒たちに混つて講義を聴きなどしたが、最も印象に残つてゐるのは、「劇的感覚の訓練」といふ課目の時間に、座の若手俳優や研究生とともに、コポオの鮮やかな指導振りに接したことである。
 
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