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材大なれば用を為し難し

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夫の意見を聴いたときは1 Ryou 2014-03-27 09:44:01 Ryou
先生この時計は1 Ryou 2014-03-23 00:13:58 Ryou
(一同、姿勢を正す)1 Ryou 2014-03-23 00:13:35 Ryou
また一人来た1 Ryou 2014-03-23 00:12:49 Ryou
足が冷たくて1 Ryou 2014-03-23 00:12:22 Ryou
城門の扉が1 Ryou 2014-03-23 00:11:54 Ryou
もう三人だから1 Ryou 2014-03-23 00:11:26 Ryou
文六に笑ひかけ1 Ryou 2014-03-23 00:11:03 Ryou
救世軍耶蘇教居士ですか1 Ryou 2014-03-23 00:10:39 Ryou
左手に厳めしき城門。1 Ryou 2014-03-23 00:10:12 Ryou
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1 Ryou 2014-03-27 09:44:01 [URL]

 夫の意見を聴いたときは、たしかに、それに同感したのですが、夜になつて、ひとり寝味にはいつてから、ふと、こんな考へが浮びました。――「しかし、人間には、動機次第で、あくまでもひとを助けようといふ気になることはないだらうか。相手がそのために負担を感じるといふのは、まだまだその相手に余裕があるからではないか。義侠心といふのは、いつたいなんだらう。弱いものへの奉仕の精神ではないか。エゴイズムとはまつたく反対なものだ。自分たちの現在の生活は、誰がみてもたいへんなことはわかつてゐる。下をみればきりはないけれども、いろんな条件を照し合せてみて、第三者が心から同情してくれたとしても、ちつともこつちは、そのために、自尊心を傷けられることはないと思ふ。物質的な施しを受けるまでになつてゐないといふほこりさへ保てれば、進んで与へられる他からの力は、それを受け容れるのが、素直な人間の道ではないだらうか」
 保枝のこの論理は、一応、彼女のとつた処置を弁護するやうでしたけれども、すぐにまた、こんな疑ひが胸の底に湧きあがりました。――「いつたい、あの伏見といふ男が、あらゆる好意を示さうとしてゐるのは、夫の卯吉に対してか、或は、この自分に対してか?」
 
1 Ryou 2014-03-23 00:13:58 [URL]

おせい  先生この時計は合つてをりますでせうね。
京作  (手に握つた懐中時計を見せて)合つてますとも。
おせい  間違ひだつたんでせうか。
京作  さあ。外も静かですね。


(京作とおちかは、長火鉢に向ひ合つてすわる。京作、巻煙草を取り出す。おちか、火鉢の上に手をやり、火箸で火をつまんで京作に差し出す。京作、それをつける)


京作  (おちかに)寒くはありませんか。
おちか  (かぶりを振る)


(この時、戸外が急に騒がしくなる。「号外」「号外」と呼ぶ声。京作、勢よく起ち上り、外に飛げ出す。しばらくして、一枚の号外を手にもち、帰り来る)
 
1 Ryou 2014-03-23 00:13:35 [URL]

(一同、姿勢を正す)


赤鬼  (黒鬼に)上等兵は先頭。(黒鬼一同の右翼に列す)右へならへツ。


(一同、右へならふ)


赤鬼  番号!


(一同、番号をつける)


赤鬼  そのまゝ、右向け右ツ。


(一同、右を向く)


赤鬼  しつかり、歩調を取つて、前へオイ。


(一同歩調をそろへて歩き出す)


赤鬼  オイチ、ニイ……オイチ、ニイ……オイチ、ニイ……。


(文六、後を振り向き、然し、立派に歩調を取つて歩く。隊列が門の中に消え去る。般若の顔が窓口からのぞく。)

――幕――


第三場


文六の家の茶の間。
柱時計が十一時十五分を指してゐる。文六とおせい、第一場の如く、炬燵に向ひ合つてゐる。
文六は、今、眼が覚めたばかりといふやうな顔をして、あたりを眺めまはしてゐる。
おせい、茫然自失したる態にて、文六の顔を見上げる。長い間。


おせい  ちよいと、あんた、どうしたんでせう。もう十一時すぎましたよ。
文六  (之には答へないで、時計の方を見る。全く無表情)
おせい  うそだつたんでせうか。


(この時、二階より、京作、おちかと共に降りて来る)


京作  どうしたんでせう。


(長い間)
 
1 Ryou 2014-03-23 00:12:49 [URL]

青鬼  (赤鬼に)また一人来た。序に調べちまへ。
赤鬼  はツ。その前に、あれをやりませう。(文六を頤で指す)お前はと……姓名。
文六  河津文六と申します。
赤鬼  戒名は。
文六  実は、その、私は……耶蘇教の方でございまして、これには、いろ/\、事情もございますが、一口に申しますと……。
青鬼  そんなことは、後で聞かう。戒名なしとしとけ。
赤鬼  はツ。在世中の職業。
文六  麺麭屋でございます。大正十二年の震災前までは……。
赤鬼  最近のだけでいゝ。
文六  へえ。
赤鬼  位階勲等はないな。
文六  それがあるんでございます。以前、日独戦争の時に、元老院の書記として、勲八等瑞宝章を賜はりました。それをまた、こゝには生憎持参してをりませんが(亡者乙の大綬を横目で見て)ちやんと……。
赤鬼  よし。(女亡者丙を院で招き)えゝとお前は、気賀むらの……だね。
亡者丙  (はにかんで)はい。
赤鬼  戒名は。
亡者丙  (気取つて)あの、独身其実多情信女と申しますんでございますんですよ。
赤鬼  在世中の職業。
亡者丙  あの、女医でございます。産科婦人科と小児科を専門にいたしてをりますんでございますんですけれど……。
青鬼  詳しいことはいゝです。
亡者丙  あの一寸伺ひますが、わたくしの信仰といたしましては……。
赤鬼  何かいふことがあれば、後で聞くから。(独言のやうに)位階勲等はなしと。
青鬼  終つたね。
赤鬼  はあ。ぢや、連れてまゐりますか。
青鬼  (うなづく)
赤鬼  気をつけツ。
 
1 Ryou 2014-03-23 00:12:22 [URL]

亡者乙  足が冷たくてしやうがないが、なんとかならんもんかね。
赤鬼  口を利くんぢやない。
青鬼  まあ、判決でも済んだら、ゆつくり話しませう。(赤鬼に、続けろといふ合図をする)
赤鬼  姓名は音羽久一……戒名が近隣迷惑妻惚居士……職業は……。
亡者甲  音楽家。
赤鬼  位階勲等。
亡者甲  は? いや、ありません。
赤鬼  (青鬼に向ひ何か耳打ちしたる後)よし……その次、金山高成。
亡者乙  わしぢや。
黒鬼  わしぢやとは何んか。
亡者乙  (よく聞き取れぬらしく)あ、戒名をいふのか。
赤鬼  (青鬼と顔を見合せて笑ふ)これが、例の一遍、送り返された奴であります。
青鬼  (うなづき)いゝから調べろ。
赤鬼  戒名。
亡者乙  一遍死殿復生院天下狼狽居士。
女事務員  (大声にて笑ひながら顔を引込める)
赤鬼  在世中の職業。
亡者乙  元老院議長……正一位……。
赤鬼  まだ、まだ。位階勲等。
亡者乙  正一位大勲位公爵。


(此の時、女亡者丙、疲れた足を引摺りながら現はれる)
 
1 Ryou 2014-03-23 00:11:54 [URL]

(此の時、城門の扉が、サツト開き、士官の服装をした青鬼と、下士らしき赤鬼、兵卒らしき黒鬼が、それぞれ武器を手にして現はる)


赤鬼  (亡者一同に向ひ)みんなこゝへ出ろ。


(文六を先頭に、亡者甲、乙、程よき処に並ぶ)


青鬼  (赤鬼に向ひ)点呼。
赤鬼  はツ。(名簿をひろげ)今から調べる。大きい声で答へろ。音羽久一……。
亡者甲  はい。(一歩前に出る)
赤鬼  戒名は。
亡者甲  近隣迷惑妻惚居士。(あたりを見まはし、一寸、もぢ/\する)
赤鬼  在世中の職業。
亡者甲  音楽家。
青鬼  (優しく)専門は。
亡者甲  ヴアイオリンです。
青鬼  (我が意を得たりといふやうに)へえ、さうですか、君がヴアイオリンをね。実は僕も、音楽は非常に好きでしてね。自分でも、ヴアイオリンを少しばかり……。なあに、ほんの真似事ですよ。こゝぢや、何にしろ教師がみんな亡者ですからね。噂に聞いてゐた向ふの人が、こつちへ来ると、から駄目ですね。僕なんか、やつぱりラヴエルかストラヴインスキイ以後のものでないと弾く気もしないし……。
 
1 Ryou 2014-03-23 00:11:26 [URL]

女の声  (別の女に)もう三人だから知らせてもいゝわ。
別の女の声  (電話を掛けるらしく)あゝ、もしもし、事務所へ願ひます。事務所ですか……。あのね、一人、まだ通知の来ない亡者がゐるんですがね、そつちにも来てませんか、え、河津文六つていふんです……いえ、男よ、もう爺さんだわ。(文六、眼をつぶる)まだ聞いてないの。戒名はね……。え、ぢや、さうして頂戴。
亡者乙  (独言のやうに)久しぶりで歩いたらいゝ気持ぢや。(文六の隣にかける)や、皆さん、わしは、元老院議長の金山ぢや。どうぞよろしく。
文六  (恭しく頭を下げ)私も、元老院の書記をしとつたことがございます。閣下がまだ副議長をしてをられたころでございますから、例の大正十二年の震災前でございます。
亡者乙  はゝあ、さうぢやつたか。
文六  (親しげに)長らくお患ひになつてをられましたやうに、新聞で承知いたしてをりましたが、ついお見舞にも……。
亡者乙  いや、どうも、今度は弱つたよ。なにしろ(胃を押へ)こゝが利かんのでな。
 
1 Ryou 2014-03-23 00:11:03 [URL]

亡者甲  (一寸、文六に笑ひかけ)こゝに待つてゐればいゝんですか。
文六  失礼ですが、あなたも、やはり、昨晩のあれで、お亡くなりになつたんでございますか。
亡者甲  昨晩のあれといひますと……。いゝえ、僕は、一昨日の朝、病院で死んだんです。
文六  へえ、何か……。
亡者甲  昨晩、何かあつたんですか。
文六  (膝を乗り出し)実はね……なるほど御存じありますまいな、実は、一昨日の夕方でした……。


(この時、また、右手より、亡者乙、白髪の老人、白衣に勲章の大綬をかけ、杖をつきながら現はる。つかつかと受附に至り、何事か呟く)




女の声  あら、また、いらしつたの。
亡者乙  (苦笑しながら)今度は、いよいよほんものぢやよ。
別の女の声 (名簿を探しながら)えゝと、金山高成さんはと……一月十九日……いゝわ。
亡者乙  もうぢきかね。
 
1 Ryou 2014-03-23 00:10:39 [URL]

女の声  救世軍耶蘇教居士ですか。
文六  (曖昧に)へえ。
別の女の声  (名簿を探しながら)救世軍……耶蘇教居士と……。ない、ないことよ。何時葬式をやつたか聞いて御覧なさい。
文六  葬式もなにも……実は、その、昨夜でござんしたかな……例の、地球と彗星とが衝突いたしまして……。
女の声  (別の女に)気ちがひよ、これや。
文六  まだ、さういたしますと、こちらへは通知がまゐつてをりませんのですか。
女の声  しばらく待つてゐらつしやい。調べてあげますから。
文六  (考へ込みながらベンチの方に来り、思ひ出したやうに再び窓口に向ひて)あのう……お尋ねいたしますが、先刻、河津せいと申すものがまゐりませんでしたらうか。(答へがない)家内でございますが……それから、もしや……(窓がガタリと閉まる。文六、あつけに取られて口を噤み、ベンチに腰を掛ける)


(この時、右手より、一人の亡者、何か考へ込みながら現はれる。)
 
1 Ryou 2014-03-23 00:10:12 [URL]

左手に厳めしき城門。その並びに、「受付」と書いた窓口。
舞台中央に一列のベンチ。「亡者控所」と書いた立札。
文六、前場の服装にて、右手より現はれる。あたりをキヨロキヨロ見廻した後、受附に近づき、内の様子をのぞく。


文六  一寸、お尋ね致します。
女の声  (勿論、事務員らしき口調)なんですか。
文六  私は河津文六と申すものですが……。
女の声  河津文六さんですか。(傍らの誰かに)ちよいと、あんた、名簿を見て頂戴。
別の女の声  ないわ、そんな名前。戒名を聞いて御覧なさい。
女の声  あなた、戒名はなんておつしやいます。
文六  戒名……戒名と申しますと、あの、私は……救世軍……。
女の声  救世軍……何ですか。
文六  あの、耶蘇教の……。
 
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