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材大なれば用を為し難し

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事務所から求人を出しています1 Ryou 2014-05-17 13:10:39 Ryou
市ノ瀬牧人は1 Ryou 2014-05-17 12:09:36 Ryou
その婚約の方は1 Ryou 2014-05-17 12:09:11 Ryou
井出康子は1 Ryou 2014-05-17 12:07:49 Ryou
そんなこと、たゞ1 Ryou 2014-05-17 12:07:33 Ryou
「どうしたんです、いつたい?」1 Ryou 2014-05-17 12:06:35 Ryou
でも、よく来て下すつたわね1 Ryou 2014-05-17 12:06:10 Ryou
「こゝはどういうおうちですか」1 Ryou 2014-05-17 12:05:46 Ryou
やがて、玄関の方へ1 Ryou 2014-05-17 12:05:17 Ryou
戦争が終つて一年目の東京1 Ryou 2014-05-17 12:04:54 Ryou
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1 Ryou 2014-05-17 13:10:39 [URL]

私は小さい事務所を営んでいるのですが求人を出しています。
現在の求人は事務、アシストができる人材です。
やはり高報酬、待遇良し、将来性有り、休日有り、
などといった利点が無ければ誰も求人に応募をしてきません。
かといって嘘の求人情報を出しても後々困ってしまう事となりますので、
働く上でのデメリットも記載して求人情報を出すようにしています。
仕事が無い現代ですが、
労働者が働く場所を選りすぐっているというのも一因かもしれません。
最低賃金、休日無し、交通費無し、ボーナス無し、
の無し無し続きの求人を出しているひどい業者もある昨今、
仕事を選べるという事に幸せを感じています。
悪い待遇の求人には応募をしない事で、
ブラック企業は人材不足により良い求人情報を出すようになり、
この世の中の経済事情や暗い雰囲気、年金問題、
過労なども改善されてくるのではと考えます。
仕事をすぐに辞める人もいますが、
きっとブラック企業から逃れるためなのだったのだと、私は良い事だと頷いています。
 
1 Ryou 2014-05-17 12:09:36 [URL]

 市ノ瀬牧人は、そこでちよつと考えこんだ。そして、大きく息を吐くといつしよに、
「これは、まあ、宿命のようなもんです。それと同時に、こいつは、奥さんに対する……言葉はなんでもいゝですが、まあ、わしの心のありつたけ……です」
 と、彼は、額をおさえながら、顔を伏せた。
 井出康子は、その様子をみて、はつとしたように肩をおとし、そして、やゝ、しみ/″\とした調子で、
「わかつてます、わかつてます。立派よ、あなたは……ほんとに立派よ……。それにくらべて、あたしは、なんていう女でしよう。なにひとつ、自分の意志でものごとを決められないの。こうしたいからするんじやなくて、こうせずにいられないからするの。つまらないわ、そんなの……」
「いや、それがいゝんです」
 市ノ瀬牧人は、キッパリ言い放つた――
「わしはそれが好きです。それがほんとだと思うんです。わしはともかく、北原先生に会いましよう。奥さんにそう言われたなんて言わん方がいゝでしような」
「さあ、それはあなたのご勝手……。所をお教えするわ」
 彼女は、立つて、部屋を出て行つた。
 ひとりきりになると、市ノ瀬牧人は、これも座をたつて、テラスの方へゆつくり歩を運んだ。なにもかも終つたという感じと、軽い新たな好奇心とが胸に残つていた。
 テラスに出て、ふと庭の一ぐうの物干場へ眼をやると、二人の女が何やら言い争つていた。
「あたしはなんにも言つた覚えありませんよ。勝手に気をまわすのよしてちようだい」
 こうカン高い声で叫んだのは、四十がらみのでつぷりした女で、簡単服のすそをつまんで胸をそらしている。
 
1 Ryou 2014-05-17 12:09:11 [URL]

あたしは、その婚約の方は知らないけれど、むしろ、あなたこそ、北原先生にはうつてつけ男性だと思うの。あたしの眼がそうにらんだんだから、決して間違いつこなし。こゝに、お互がその気になりさえすれば、きつとすぐに激しい愛情で結ばれるはずの男と女とがいて、その二人が、何かの事情で手を差しのべ合うことができないなんて、そんな不都合な話つてないわ。もちろん、あたしは、その愛情にいろ/\な動機があつていゝと思うの。北原先生は、生きる力をあなたに求め、あなたは、あなたにふさわしい一人の女性の命を、破滅から救うという義きよう心で、ひとつ北原先生にぶつかつてみていたゞきたいの。おいや?」
 こゝで、井出康子は、かすかに微笑は含んでいるものゝ、相手に有無を言わせぬという強い決意を、結んだくちびるに示していた。
「お話は、だいたいわかりました。では、わしも言うだけのことを言わしてもらいます」
 と、市ノ瀬牧人は、両ひざをかわる/″\動かしながら言つた。
「奥さんのお気持を、わしはわし流に解釈してかまわんですな。非常にえん曲な方法で、わしが知らなければならんことを知らせてくださつたものと思います。その点、もうなにも言うことはありません。このまゝ、こゝを引きさがつてもいゝわけです。しかし、お話を聞いているうちに、わしはやつぱり奥さんを信じて、奥さんがこうしてくれと言われることなら、どんなことでもきくのがほんとだという気になつて来たんです……」
 
1 Ryou 2014-05-17 12:07:49 [URL]

 井出康子は、すこし首をかしげたまゝ、市ノ瀬牧人の顔色を読むように、
「北原先生つていう方は、あたし、とても純粋な、しつかりした方だと思うの。普通の女のように引込み思案でなく、そうかといつて軽薄なお先つ走りでもない、とても頼もしいところのある方ね。あの方に愛される男つて、どんなに仕合せかと思うくらいだわ。それだけに、北原先生を幸福にしてあげられるような男は、そんなにざらにいないつていう気もするけれど、あたし、その役をあなたに引受けていたゞきたいのよ。ちよつとお待ちなさい、あたしに言うだけ言わして……」
 と、井出康子は、何か言いかけた相手を制して、
「もちろん、北原先生がその婚約の方をあきらめるつていう条件でよ。あたしがそうさせるから大丈夫よ。結局、北原先生の愛があなたに移るということは、あなたがそれを必要となさるかどうかできまるの。
 
1 Ryou 2014-05-17 12:07:33 [URL]

「そんなこと、たゞ、美しい物語にすぎないわ。そういうことも、それがもし自然にそうできるなら、あつたつていゝわ。たしかに、感動にあたいする人間のすがただわ。でも、もしそれが、何かあるおきてのようなもの、道徳のようなもので、むりに強いられて、そうするのがほんとだ、そうしなければならないと思うのだつたら、あたしは、間違いだと思うの。そのことを、北原先生だつてわかつてらつしやるにちがいないんだけど、まだなにかさつぱりしないんだわ。それで、あたしに、どうしたもんだろうつていうご相談なの。今までは当分の間と思つて、不安と戦つたり、さびしさをまぎらしたりしていたけれど、もう、これからは、そんなことで気持がおさまるわけはないつて……まあ、そうでしようね。あたしも、どうしていゝかわからないの。戦争のおかげで不幸な人もたくさんできたわ。でも、北原先生だけは、あたし、なんとかして、この不幸から救つてあげたいの。そこで、これはあたしの最後のお願いだけれど、あなたのお力、拝借したいわ……」
 井出夫人の哀訴にもちかい言葉の調子、そして、眼つきから、市ノ瀬牧人は、たゞならぬものを感じとつた。
「わしにどんな力があるかしら?」
 彼は、ぐつとつばをのみこんだ。
 
1 Ryou 2014-05-17 12:06:35 [URL]

「どうしたんです、いつたい?」
 と、市ノ瀬牧人は、この、だしぬけの話に、まだそれほど興がわかぬらしい。
「どうしたもこうしたもないのよ。ほら、婚約の方があつたでしよう? とう/\戦争裁判の判決があつたらしいの。それが、重労働二十年ですつて……」
「二十年!」
 市ノ瀬牧人は、やつと真剣な顔になる。
「まあ、ちよつと考えてごらんなさい。二十年つていうと、子供が大人になるのよ。娘がお婆さんになるのよ」
「わかつてます。こたえるなあ」
「北原先生は、それまで、まあ/\、希望をもつてらしつたわけよ。死刑よりは軽いつていつたつて、どう、市ノ瀬さん、北原先生にとつて、どつちが辛いとお思いになる?」
 彼は、返事ができなかつた。
「お手紙にはこうあつたわ……五年十年なら待ちます。二十年といえば、わたしは四十六です。待つことが待つことになるでしようか……」
「待てないことはないでしよう」
 と、市ノ瀬牧人は、低くつぶやいた。
 
1 Ryou 2014-05-17 12:06:10 [URL]

「でも、よく来て下すつたわね。どうかしらと、実は思つてたの」
「なんだか知らないけど、こいとおつしやるから出て来ました。どんなご用ですか?」
「それはまあ、ゆつくりお話しするわ。いまお着きになつたの?」
「けさ早く着いたんですけれど、宿をきめとく方がいゝと思つて、友達のところへ寄つて来ました。二三日は泊めてくれるでしよう」
「あら、どんなところでもよければ、うちへ泊つていたゞくんでしたのに……。これでもいなかの暮しよりはすこしはゆつくりしてますのよ」
 が、こうして市ノ瀬牧人を前において、彼女は、ほかになにもいうことはなかつた。信州の客に茶を絶やしてはならぬと聞いていたので、大きなきゆうすをもち出して来た。
「それじや、さつそくご相談にとりかゝりましようね。あなた、ご存じないわね。いま、北原先生がどうしてらつしやるか……」
「知りません」
「それが、困つたことになつたの。このまゝにしといたら、あの方、どうなるかわからないわ」
 
1 Ryou 2014-05-17 12:05:46 [URL]

「こゝはどういうおうちですか」という市ノ瀬牧人の問いに、井出康子は、いたずらつ子のように笑いながら、
「どういうおうちつて、あたしのうちよ。父が最近なくなつて、そのあと始末をしに来たの。ほかにだあれもいないんですもの」
 それはその通りであつた。彼女がかたづくと間もなく、一人の兄は病死し、兄嫁が実家へ帰つてしまうと、独り者の父は、えたいの知れぬ女をどこからか連れ込んで身のまわりの世話をさせていたが、近所の話では、その女にはほかに男があり、父の死後も、がんとしてこの家に居据わるつもりでいるらしい。
 ところが、父は、かねて万一の場合のことを弁護士に託してあつたので、その弁護士からの呼び出しで、康子は、ともかく東京へ出て来た。そして、そのまゝ、いなかを引きあげることにしたのである。そういうわけで、現在、自分の実家には違いないが、いわば父の情婦であつた女と同じ屋根の下に住み、そのうえ、町内のり災者だという二家族にいくつかの部屋を占領され、それはそれでいゝとして、彼女は、息子のモトムと二人、二階の寝室二部屋とこの応接間とをわずかに自由に使える身分であつた。
 が、そういうこまかい説明は、市ノ瀬牧人にする必要もなく、彼女はすぐに、言葉をついだ――
 
1 Ryou 2014-05-17 12:05:17 [URL]

 やがて、玄関の方へというので、またそつちへまわると、玄関のドアがあいて、
「まあ、まあ……」
 と、いつに変らぬ井出夫人の姿があらわれた。
 古びてはいるが趣味をこらした調度の、どことなく日本ばなれのした応接間へ通されて、市ノ瀬牧人は、薄地の白いブラウスを無造作に着た井出夫人と向い合い、自分がいまこゝにいることが夢ではないかと思つた。それほど、夫人そのものはこの周囲に溶けこみ、自分だけが別の世界にいることがわかつた。
「こゝはどういうおうちですか?」
 彼は、開け放されたガラス戸のむこうに、夏の木立の青々と茂つた庭から、飾りだなの中に並んだ西洋人形や、つぼや、革とじの書物や、壁にかゝつている大きな裸体画や、暖炉の上の珍しい振子時計やに眼をうつしながら、たずねる。
 
1 Ryou 2014-05-17 12:04:54 [URL]

 戦争が終つて一年目の東京である。
 あたり一面の焼跡のなかに、わずかに焼け残つた家がいくつか立ちならんでいる。そこは郊外としてはわりに早く開けた土地で、庭をひろくとつた洋館まがいの建物も二三軒まじり、そのうち、ちよつと風変りなコッテージで、銅ぶきの屋根はどつしりしているけれども、しつくい壁は雨漏りでところ/″\しみがでたり、ひゞがはいつたりしているうえに、窓ガラスのわれたのへ新聞をはりつけてあるというふうな、いかにも住み荒すだけ住み荒した二階建の邸があつた。
 赤レンガの門柱に、おそらくあとではめかえたらしい木の標札が「二木康夫」と出ている。そして、その下に、これは、臨時の同居人とおぼしい二枚の名刺がはりつけてあつた。
 道順を書いた紙ぎれを手に、この門の前にさしかゝつた市ノ瀬牧人は、しばらく標札を見つめていたが、そのまゝ、ヒノキの並木で仕切られた道を、奥まつた玄関まで、あたりを見まわすようにして、はいつて行つた。
 呼リンはなんど押しても鳴らぬとみえて、いつこう人の出てくる気配はない。大きな声で、「ごめん」と言つてみる。だめである。彼は裏口へまわつた。勝手の井戸端――と言つても、そこは物置きのヒサシの下で、コンクリートの洗たく場になつているのだが、その洗たく場で洗いものをしている一人の若い女に、彼は、帽子をぬいで、
「ちよつとおたずねします。お宅に井出康子さんはおいでですか?」
「イデヤスコさん、あ、こちらの奥さんですか、いらつしやいますよ」
「わし、市ノ瀬というもんですが……」
「ちよつと、お待ちになつて……」
 
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