夫の枕許に食事を運んで (コメント数:1) |
1 Ryou 2014-03-27 09:48:18 [URL]
夫の枕許に食事を運んで、これから、子供と向ひ合つて、いつものやうに、保枝はつゝましい夕飯の箸をとりました。 今日は重ね重ねいろんなことがあつた日なので、彼女は、落ちつきませんでした。しかし、なんと云つても、加部福代の死んだ知らせが、いちばん、こたへました。打ち絶えて便りもせずにゐたこの旧い友達のことが、あれこれと思ひ出されます。いつも控え目で、たゞ眼もとに勝気なところをみせてゐる、静かな少女でした。養子に来たのは、その頃たしか大学生だつたと思ふのですが、或は、大学の研究室にゐたのかも知れません。さう云へば、どんな時にも、友人の間で加部福代の話はよく出たものです。旦那さんは大学の講師で、思想的な論文を方々の雑誌に書いてゐる人だといふことを聴いたのはずいぶん前のことでした。保枝はてんでさういふものには縁のない方ですから、さつきの端書に、加部錬之介の署名があつたにしても、それが当節名義の売れてゐる評論家だといふことさへ気がつく筈はありません。たゞ、死亡通知の文句を、ちよつと変つてるな、と、思つたことは事実です。 |
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