材大なれば用を為し難し

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戦争が終つて一年目の東京 (コメント数:1)

1 Ryou 2014-05-17 12:04:54 [URL]

 戦争が終つて一年目の東京である。
 あたり一面の焼跡のなかに、わずかに焼け残つた家がいくつか立ちならんでいる。そこは郊外としてはわりに早く開けた土地で、庭をひろくとつた洋館まがいの建物も二三軒まじり、そのうち、ちよつと風変りなコッテージで、銅ぶきの屋根はどつしりしているけれども、しつくい壁は雨漏りでところ/″\しみがでたり、ひゞがはいつたりしているうえに、窓ガラスのわれたのへ新聞をはりつけてあるというふうな、いかにも住み荒すだけ住み荒した二階建の邸があつた。
 赤レンガの門柱に、おそらくあとではめかえたらしい木の標札が「二木康夫」と出ている。そして、その下に、これは、臨時の同居人とおぼしい二枚の名刺がはりつけてあつた。
 道順を書いた紙ぎれを手に、この門の前にさしかゝつた市ノ瀬牧人は、しばらく標札を見つめていたが、そのまゝ、ヒノキの並木で仕切られた道を、奥まつた玄関まで、あたりを見まわすようにして、はいつて行つた。
 呼リンはなんど押しても鳴らぬとみえて、いつこう人の出てくる気配はない。大きな声で、「ごめん」と言つてみる。だめである。彼は裏口へまわつた。勝手の井戸端――と言つても、そこは物置きのヒサシの下で、コンクリートの洗たく場になつているのだが、その洗たく場で洗いものをしている一人の若い女に、彼は、帽子をぬいで、
「ちよつとおたずねします。お宅に井出康子さんはおいでですか?」
「イデヤスコさん、あ、こちらの奥さんですか、いらつしやいますよ」
「わし、市ノ瀬というもんですが……」
「ちよつと、お待ちになつて……」
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