材大なれば用を為し難し

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大庭常子は (コメント数:1)

1 Ryou 2014-03-27 09:53:59 [URL]

 大庭常子は、このシーズンに六大都市で独唱会を開く予定でした。関西を先にといふマネーヂヤアの意見で、まづ京都を皮切りに、大阪神戸と順調にすまし、いよいよ東京でといふことになりました。今度はだいぶん切符を捌くのに骨が祈れるといふ見透しで、彼女自身、名簿に枚数を書きこんで、後援者の総動員です。
 名簿を見て行くうちに、ふと、加部福代のところへ来て、彼女はハツとしました。
「いけない。まだお悔みにも行つてないわ」
 そのとほりで、死亡通知はたしかにもらつてゐるから、どうせ葬式には間に合はないのだから、そのうちに悔みだけ行かうと思ひ、それがつい、それつきりになつてゐたのです。もともと、それほど親しい間柄でもなかつたのですけれど、同級生のうちで、頼めばちやんと切符を二枚買つて来てくれる少数の一人だつたのです。さう云へば、ついせんだつて、根本保枝からの手紙のなかにも、そのことが書いてあつたのに、と、大庭常子は、しばらく、考へ込みました。しかし、なにぶんもう、日にちの余裕がありません。新作の練習も、まだまだ不十分だと自分では思つてゐます。――遅れついでに、あとにしよう、あとに……、と、ひとりでさう決めて、加部福代の名前の上に赤インキで筋を引きました。
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