材大なれば用を為し難し

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乱平定の後、 (コメント数:1)

1 Ryou 2014-06-06 21:01:47 [URL]

 乱平定の後、頼朝は、葛西三郎清重を奉行に任じて奥州の御家人を進退せしめ、以下それぞれ勇士勲功の恩賞あり、翌年三月十五日にはさらに伊沢左近将監家景を奥州留守職となし、これより両人奥州総奉行と号して国務を執ることとなった。当時出羽にも留守所があったが、何人がその所務に当っていたかは明かでない。やはり秀衡・泰衡時代の例によって、いわゆる奥州総奉行が奥羽両国を管領していたのであろう。『吾妻鏡』文治五年十月の条には、国中のことは秀衡・泰衡の先例に任せて沙汰すべしといい、同正治二年八月条にも、陸奥・出羽両国諸郡郷地頭所務のことは、秀衡・泰衡の旧規を守るべきの旨、故将軍の御時に定めらるとあるのである。
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