材大なれば用を為し難し

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『保暦間記』によると (コメント数:1)

1 Ryou 2014-06-06 21:03:28 [URL]

『保暦間記』によると、安東五郎というもの東夷の堅めにとて、義時の代官として津軽に置かれたとある。また延文の『諏訪大明神絵詞』には、根本は酋長もなかりしを、武家その濫吹を鎮護せんために、安藤太というものを蝦夷管領とすともある。異本『伯耆巻』にも、「奥州津軽の住人安東又太郎季長云々、此の安東と云は義時が代に夷島の抑へとして、安藤が二男を津軽に置ける彼等が末葉なり」ともいっている。これらの安東五郎といい、安藤太といい、安藤が二男というものはいずれも同人で、安倍貞任の後と称し、実に後の秋田氏の祖先なのである。けだし奥地の夷酋が後に武家から本領の安堵を得たものであろう。
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