野獣死すべし(1980年)
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1 @kira 2013-02-08 22:00:00 [携帯]

の画像を貼りましょう。
92 @kira 2013-02-23 17:50:25 [画像] [携帯]

フッフッと、柏木が腹の底から絞り出すように、低く笑う。
伊達も真田も低く笑う。ひとしきり笑いつづける3人。
真田は、オートマチックを握ったままポケットに入れ、目を閉じる。
伊達も拳銃を握ったままポケットに入れ、目を閉じた。
実際、眠くてたまらないのだ。
ゴトゴトと、鉄路の音だけが不気味に響く。
柏木、逃げるチャンスを待っている。
目を閉じたままの伊達と真田。
柏木、フワッと腰を浮かし、逃げようとする。
伊達『・・・・・・リップ・ヴァン・ウィンクルって知ってますか』
ギクッと伊達を見る、柏木。
伊達、寝言のように呟きつづける。
伊達『・・・・・・リップ・ヴァン・ウィンクル。いい名前だ。もうずいぶん昔の話ですがね。そいつが山に狩りに行ったんですよ。ウィンクルはそこで小人に出会った。なんて名前の小人だったか・・・・・・、とにかくウィンクルは小人に酒を呑まされましてね、そのまま眠ってしまった。それでウィンクルは夢を見たんです。どんな狩りでも許される素晴らしい夢だった。その夢がそろそろクライマックスというところで、目が覚めましてね。村に帰ったんです。ところが、妻はとっくに死んでるし、村の様子も全く違う。狩りなんかもっての他だっていうんです。何というか、つまりウィンクルがひと眠りしている間に、村では何十年かの歳月が過ぎていたわけです』
柏木『・・・・・・あんたにゃ、もともとカミさんはいなかったんだろ』
伊達『私の話じゃありませんよ。リップ・ヴァン・ウィンクルの物語です』
柏木『・・・・・・ミスター・ウィンクルが小人に呑まされた酒の名前も忘れたかね。できれば俺も呑んでみたいね』
伊達『それは覚えていますよ。ラムにコァントロー、それにレモンジュースをシェークして作るんです。わかりますか』
柏木『(絶望的)・・・・・・XYZ』
伊達『そう。これでおしまいって酒です』
柏木、パッと立って、通路へ逃げようとする。
伊達のポケットの拳銃が火を噴いた。
その鈍い音に、真田が目を覚ます。
背中に被弾して、通路をヨロヨロと逃げてゆく柏木。力尽きて倒れた。

93 @kira 2013-02-23 17:53:11 [携帯]

伊達『坐らせてやれ』
真田、眠そうな眼で、柏木の所に行き、傍の席に坐らせる。
そのまま向かい合って坐る、真田。
真田『眠んなさいよ。気分がよくなるから』
柏木の荒い息が、徐々に鎮静してくる。
真田、それを見とどけて再びウツラウツラ・・・・・・。
と、―窓の開く音がして、強い風が吹きこんでくる。目を醒ます、真田。
開かれた窓。柏木の姿はない。座席シートの血のり。
真田『・・・・・・あの馬鹿』

94 @kira 2013-02-23 17:59:30 [画像] [携帯]

シーン87
[線路]
長い2本のレールの端から、2つの影がユラユラ歩いてくる。
バッグを持った真田と伊達。 線路脇に、大量の血のりが付着している。
その痕跡を追って、またもユラユラ歩いてゆく真田と伊達。眠い。
2人の行く手に森が見える。
闇は、端のほうから白みかけている。
 
シーン88
[森の中]
伊達と真田が登ってくる。
ひらけた所に、大戦中のトーチカであろうか、崩れかけた廃屋がある。
その入口に、わずかな血痕。
伊達と真田、特に警戒する風もなく入ってゆく。
 
シーン89
[廃屋]
に入ってくる伊達と真田。
人影はない。朽ち果てた鉄板のドアを閉めて、坐りこむ伊達。
真田『追わないのか』
伊達、眠そうに目を閉じる。
伊達『・・・・・・どうだっていいんだ』
真田『あ?』
伊達『関係ないだろ。何の関係があるんだ』
真田『何を言ってるんだ』
真田も坐りこんで、目を閉じる。
伊達、ポケットをまさぐる。
伊達『・・・・・・煙草ないか』
真田『吸わないんじゃないのか』
伊達『お前には聞いてない』
真田、呆れた顔で再び目を閉じる。
ポケットをまさぐりつづける伊達。
その内、自分の手が自分のものではないような錯覚にとらわれる。
その手を、ためつすがめつ眺めては、指を1本ずつ動かしてみる。
しのびよる狂気が意味のない言葉をボソボソと語らせる。
伊達『・・・・・・その時、俺はひとりだった。倒れた兵士もひとり。べイルートの南10マイル。兵士は国籍のわからない傭兵だ。腹に3発、機銃のナマリ弾をくらっていた。傭兵は自分でモルヒネを打った。腹を割いた。ハラワタにくいこんだ弾を探しているんだ。俺はシャッターを押しつづけた。やつはひとりだった。俺もひとりだ。・・・・・・生き残ったゲリラが来た。左足が吹き飛んでいた。ロシア製の銃を握りしめて、俺にズリ寄った。俺は叫んだ。・・・・・・俺は日本人だ!関係ない!俺はプレスだ!』
その声の鋭さに、真田がビクッと目を開ける。
伊達『・・・・・・ゲリラが俺に銃口をを向けた。ゲリラもひとりだ。俺は傭兵の銃をとった。ゲリラより先に撃った。・・・・・・ゲリラが死んだ。傭兵も死んだ。累累たる死骸。・・・・・・俺はひとりだった・・・・・・』
真田『・・・・・・』
伊達『・・・・・・それが俺が最初に味わった本当のご馳走だった』

95 @kira 2013-02-23 18:02:46 [携帯]

伊達、真田にゆっくり顔を向ける。悪霊のような眼だ。
真田『―!』
伊達、拳銃を握りしめ、真田に向ける。
伊達『・・・・・・最高のご馳走は、いい材料を丹念に下ごしらえする。真田、お前に出会った時は、心底うれしかった。最高の獲物に育ってくれた。感謝するよ』
伊達、撃つ。ガクッと横に倒れる真田。伊達の眼が、陶然と濡れたように光る。
徐々に我にかえる。真田のバッグをこじあける。
札束の山。自分が持っていたバッグから必要なものだけを取り出し、真田のバッグにつめる。ふと、1枚のチケットがこぼれおちる。
令子から貰った演奏会の切符である。
伊達『・・・・・・』
チケットをポケットに入れ、真田のバッグを持って、出口に向かう。
朽ち果てたドアを開ける。同時に、大量の陽光が包み込む。
その時―銃声!
逆光の中に、伊達のシルエットが静止する。
―背後から瀕死の真田がオートマチックで撃ったのだ。直後、絶命。
伊達のシルエットが、ゆらりゆらり揺れて、ドッと落下する。
グワーンとセリ上がる交響楽。
(オーケストラの音が被る)

96 @kira 2013-02-23 18:07:14 [画像] [携帯]

シーン90
[コンサート会場]
指揮者の全身が嵐のごとく揺れ動く。
終章の盛り上がりである。
満員の席。その中にポツンと2つだけ席が空いている。背後から、キャメラが寄る、寄る。2つの空席。
演奏が終了した。深い静寂。
と、―空席の1つで、何かが少しずつセリ上がってくる。髪、頭、男。
ゆっくり立上がった。伊達。眠ったまま通路へ足を一歩踏み出す。
その顔に、一瞬光が、―当ったと感じた。
錯覚かもしれない。伊達、拳銃をとりとめのない方向に向けて構える。
この静寂を大切にしたいと思う。だからもう少しやすませてくれ。
広い客席に―客は誰もいない。
包帯をした柏木と、多数の警官が伊達を見守っている。
場内の無数の灯りが、ひとつずつ急速に消えてゆく。
そして闇になった。
一発の銃声!最後の銃声である。
          【完】

97 @kira 2013-02-24 21:41:45 [携帯]

『野獣死すべし』そのものを論じて行く前に角川映画自体について語っておこう。
何かと言うと角川春樹事務所のロゴマークである。
角川映画を劇場で観た事がある方なら、あの宇宙空間に火の鳥が現れ、地球の中に入って行くロゴを御存知だろう。
この火の鳥は当時の角川書店のロゴマークでもある。
それをアニメーション処理して、大野雄二氏が作曲したサウンドロゴを被せて実にドラマチックなタイトルロゴを完成させた。
それまでの日本の映画会社のロゴマークと言えば、『海』や『富士山』などハリウッドと違い、垢抜けしないものばかりだった。
そこに登場した角川映画は衝撃だった。
当時の日本映画は斜陽化の一途を辿り、完全に衰退していた。映画そのものも面白くなく、2本立てが主流だった。そこへ角川映画が登場し、大作映画を大ヒットさせ、角川春樹は時代の寵児となった。他の映画会社も最初は馬鹿にしていたが、便乗するかのように大作映画の製作を始めた。東宝の金田一耕助シリーズや森村誠一原作の映画化は言うに及ばず、角川映画が始めたテレビCMまで流すようになる。
タイトルロゴひとつとっても日本映画が変わって行く予感がした。ま、これは後々裏切られる事になるが。
しかし、このタイトルロゴも『野獣死すべし』以降はなんの変哲もない普通のロゴに変わってしまう。これに伴い、角川映画もつまらなくなって行ったような気がする。面白い、つまらないではなく、角川映画を観てもときめかなくなったのだ。それは角川映画の製作方針の転換点でもあったからだ。
問題はDVDである。あの魅力的なタイトルロゴがDVDでは削除されている。変わりにつまらないロゴが挿入されている。それは現在の角川書店のロゴだ。これには衝撃を受けた。これは愚行と云わざるを得ない。
映画というのはロゴからすでに始まっているのだ。これではスタート地点に立たないで走っているマラソンランナーみたいだ。ホームランを打つ瞬間だけ見て興奮出来るか。勿論、盛り上がる訳がない。自分たちに都合が悪い部分を勝手に切って、『さあ、御覧下さい』なんてよく出来るもんだ。我々は出来損ないをお金を出して買わされているのだ。
こういう事をしている限り、日本映画は暗闇から抜け出せないだろう。

98 @kira 2013-02-24 21:45:25 [携帯]

大藪春彦原作『野獣死すべし』は現在までに5本、映画化されている。
 
■記念すべき第一作は『野獣死すべし』。
大藪春彦が『青炎』に処女作である『野獣死すべし』を発表し、鮮烈なデビューを飾った翌年、1959年に東宝が製作している。
監督は須川栄三。脚本は白坂依志夫。主演は仲代達矢。
原作に忠実に映画化されており、現在は再評価がなされている。
■第二作は『野獣死すべし 復讐のメカニック』。
1974年に『野獣死すべし』と同じく、東宝が製作している。
監督は『野獣死すべし』と同じく、須川栄三。脚本も同じく、白坂依志夫。主演は藤岡弘。
前作から15年後に製作された正統なる続編だ。
■第三作は『野獣死すべし』。
1980年、角川春樹事務所と東映が製作している。
監督は村川透。脚本は丸山昇一。主演は松田優作。
『野獣死すべし』の映画化作品の中では、最も有名であろう。しかし、原作とあまりに違いすぎる為に別物と見る向きもある。第二作は復讐編の映画化であるから『野獣死すべし』の映画化としては二作目となる。
■第四作は『野獣死すべし』。
1997年製作。
監督は廣田真人。主演は木村一八。
■第五作は『野獣死すべし 復讐編』。
1997年製作。
監督、主演はは第四作と同じく、廣田真人と木村一八。
 
現在までに5本も製作されている事を見ても原作が如何に人気があったかが窺える。第一作『野獣死すべし』も今から20年位前に観たが、伊達が物乞いの老婆に食い物を床に落として拾わせる描写もあり、素直に面白い。ただ、松田優作版と比較してしまうと霞んでしまう。松田優作の怨念が大藪春彦の怨念に勝っているのだ。単なる失敗作なら公開後に埋もれているだろう。人の目を惹かずにおかない何かが『野獣死すべし』にはあると言う事だ。

99 @kira 2013-02-24 21:51:59 [携帯]

東京のどこかのガード下から映画は始まる。
パーマをかけている子連れのホステスが美容院から出てくる。ホステスを演じていたのは船場牡丹。『探偵物語』の第24話『ダイヤモンド・パニック』にも出演していた。大柄な女優で実にユーモラスな芝居をしていた。
その直後に現れる男。ギラギラした空気を漂わせて、見るからに堅気ではない。
演じるのは青木義朗。優作の『処刑遊戯』では鳴海昌平に狙撃される初老の殺し屋を演じていた。
男に会釈するヤクザたちの中には重松収がいる。彼は優作のデビュー作『太陽にほえろ!』第77話『50億円のゲーム』で優作と共演している。
トビー門口は優作とは『蘇える金狼』で共演している。この作品ではテクニカル・アドバイザーも兼ねている。弾着と連動して血糊が噴き出す仕掛けなどを担当していた。
アスレチック・ジムの岡田と柏木のシークエンスは丸ごとカットされている。特に必要なシーンではないからだろう。時間的制約と恐らくは柏木の登場シーンを伊達と遭遇シーンにしたかったのではないか。でなければ伊達は、柏木を以前から知っていた事になる。
このシナリオで面白いのは主人公・伊達邦彦が最初は安アパートに住んでいる描写だろう。クラシックを聴いている伊達が隣人に壁を叩かれるシークエンスはなかなかユーモラスだ。しかし、劇場版ではカットされている。このシーンは、カジノ襲撃に繋がる重要な部分だが緊張感は些か失われてしまうだろう。やはり、岡田警部補を襲う初登場シーンは鮮烈だ。何より、優作がこういう生活感を一番嫌っただろう。伊達同様に優作も相当にストイックだったのだ。

100 @kira 2013-02-24 21:56:19 [携帯]

ドシャ降りの住宅街での警部補を刺殺して拳銃を奪うシークエンス。
実は原作にも、この描写がある。原作の冒頭の描写が丸ごと同じである。
シナリオにもある“篠つく雨”の一節は原作から採ったものだろう。
松田優作はさておいて、脚本家の丸山昇一氏は原作を何度も読み返している筈だ。原作に敬意を払い、尊重していた。
しかし、丸山氏が大藪春彦と会う機会があった時に彼から伊達のキャラクター造形についてお叱りを受けたらしい。
 
劇場版での台詞
岡田『・・・・・・とうとう現れたな・・・透明人間かと思ってた。何か用か?!俺にパクられたことでもあんのか?!』
岡田『ぐわぁっ!』
 
ここでようやく、松田優作扮する伊達邦彦の登場である。スクリーンに現れた松田優作を観て、観客は驚いた。
『これが、あの松田優作か!?』
青白い顔。
ガックリ落ちた肩。
痩せ細った身体。
トレードマークだった特徴あるヘアスタイルも止めていた。
優作は撮影に入る前に70キロあった体重を減量で62キロまで落とした。そして、奥歯を4本抜いて、頬を痩けさせた。伊達のイメージされる身長が175センチである事から脚を切断する事まで真剣に考えた。医学書を読み、成功事例まで確認していた。しかし、脚を切れば歩けなくなる事から、断念した。だが、減量した事で身長が182センチになった。この事は優作を歓喜させた。
しかし、現場に現れた松田優作を見た村川透監督は『話が違うじゃないか』と怒り、優作と喧嘩になったという。
普通に考えれば『野獣死すべし』と言うベストセラー小説をそのまま映画化すれば、大ヒット確実なのだ。松田優作の芝居でギラギラした伊達邦彦を演じれば、それでオーケイ。何の問題もない。観客も松田優作にそういう演技しか求めていなかった。
しかし、それは松田優作の本質ではなかった!
優作が芝居を志した時、内向的だった本来の自分を乗り越えた。これが、『第一の跳躍』だとすれば、今回の『野獣死すべし』は、そんな自分を更に乗り越えた『第二の跳躍』であろう。
これこそが、役柄ごとに顔が変わると言われた松田優作の本質である。
しかし、この時点では伊達の姿は鮮明には見えない仕掛けだ。

101 @kira 2013-02-24 22:03:09 [携帯]

松田優作が我々に提示してみせた伊達邦彦は、想像を絶したものだった。
それは岡田警部補を不意打ちにする初登場シーンから、それまでのハードボイルドではありえない主人公は観客の度肝を抜いた。
この伊達邦彦の無様さと言ったらどうだ。屁っ放り腰でナイフで斬りつけるも悉く交わされ、投げられ、持っていた傘で打ちのめされる。
今までの優作なら、正面から一発の銃弾で仕留めるシーンだろう。
しかし、低い構えで、何度も立ち向かい、ただ標的の一瞬の隙を狙う様は観る者の背筋を凍らせる。
叫び声も掻き消されるような雨の中、標的の脚をナイフで滅多刺しにして動きを封じたところで止めを刺す。殺される側からすれば、これ以上の恐怖はない。
これを、カメラはクレーンを使い俯瞰で冷徹に写している。まるで、本物の殺人シーンを撮影しているかのように。
 
ここで、ひとつの疑問が湧いてくる。
伊達は何故、岡田警部補を狙ったのか。
そんなの拳銃を奪う為に決まってるじゃないか…と思うだろう。
拳銃を奪う為だけに屈強な刑事を襲うという危険を犯すだろうか。
それに東大の同窓会で伊達が学生時代に射撃部に在籍していた事が明かされる。だったら拳銃の一丁くらい所持していても可笑しくはない。
ここは原作に準じる部分もあるから、うっかりしたという可能性もある。
しかし、所持している拳銃でカジノを襲撃した場合、登録した書類等から身許がバレる可能性がある。逮捕されれば元も子もない。
身許が知れる事を恐れて岡田の拳銃を奪ったのではないか。
だが、岡田を襲った事にも理由がある。刑事を襲えば、最初に疑われるのは前科者である。しかも刑事が逮捕した犯罪者に目が向けられる。自分が疑われる可能性が少なくなる。ドシャ振りの夜に襲えば犯行を目撃される危険も証拠が残される危険性もなくなる。
全ては、警察の捜査を攪乱させる為である。



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